俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

ペアーズで出会った女の子に振られた。

先月までやっていたペアーズの最後のデータ相手だった。
ネットはちょっと調子に乗るとあまりに大量にアポが入ってしまう。
新規開拓に割く時間がなくなったため、ペアーズは先月退会したのだった。

全ては、目の前に落ちている100円を拾わずにはいられない、俺の心の弱さが原因だった。

俺は、俺達は、目の前に落ちている100円ではなく、10,000円を見つけるための活動をしなければならない。
時間は有限だ。
特に、若い間の時間は。限られた時間をどう使うのか。人生は時間のポートフォリオによって決まる。
限られた時間は、最大限有効に使わなければならない。

ペアーズで最後に残ったのは、いいね数200ほどの案件だった。

いいね数的にはビッグ案件とは言いがたい。
それだけに、最後は確実に勝利を手にし、有終の美を飾りたかった。

何が勝ちなのかはわからぬまま、俺の最後のネットゲームが始まった。


21:00

アポの時間は遅めだった。
そして、自宅最寄り駅のパターンとは違い、少し離れた駅でのアポだった。

いつもと違うアポに不安を感じつつ、電車に乗る。
改札をくぐると、凍えるほど強い風が吹いた。

女の子が改札の外で待っていた。


「お待たせ!寒かったでしょ!」


そう言って、出会い頭に抱きしめた。
なぜこんなことができるかというと、彼女と会うのは2回目だからだ。
1回目のときに既に恋のABCの「B」までは済ませていた。

とはいえ、会うのは一ヶ月ぶりだ。
最初のアポで決められなかった案件は、自動的にザオラルフォルダに入れて、こっちから連絡することはあまりなくなる。
今回の案件は、逆ザオラル案件だった。

寒さに震えつつ、女の子を連れて店に入る。

初めて行く店は賑やかで、テーブルは向かい合わせだった。
後ろの席は合コンしているようで、不細工な男とブスな女の集団が見えた。

ブスを盛り上げるために不細工が大声を出す光景は、この世の不幸を凝縮しているようだった。
背中にブスの怨念を感じながら、アポのクロージングを進める。

食事は美味しかった。
でも、周りが騒がしく、声がなかなか聞こえない。
話がなかなか盛り上がらない。

何より、前に会った時の話を全く覚えておらず、相手が話す内容が理解できなかった。
記憶っていうのは、何度も思い出すことで定着する。
相手がよく覚えていてくれるということは、何度も俺とデートした時のことを思い出してくれたということだ。

逆に、俺の記憶は、他の女の子とのデートの記憶で上書きされてしまっていた。
「前回の続き」の話はできなかった。

住んでる場所も、仕事も、何も思い出せない。

俺は自分が記憶障害なんじゃないかと疑った。
色んな女の子の記憶が混在する。

俺の目の前にいる女は・・・一体誰なんだ?
俺は・・・何をやっている?

混乱しつつ、デートを先に進める。
時折、将来の子供の話や、一緒になったら何がしたい?みたいな、将来のポジティブなイメージを共有するような話をした。

でも、いまいち気持ちが乗らないのは、女の子は前に会った時よりも可愛くなく見えてしまったからだろうか。
話しているうちに、徐々に彼女の記憶が蘇ってきた。

この子はたしか、仕事が大変な子だった。
そんな話もしたな、と先月を遠い昔のように思い出す。

1時間半くらい話したところで声を掛ける。

「次、いこっか」

「でも私、終電あるから」

明らかに食いつきが足りなかった。
いや・・・食いついてはいるんじゃないかという淡い期待はあった。

アポ自体、彼女からの逆アポだ。
出会い頭のスキンシップもなんの抵抗もなかった。

ただひとつ、警戒を解くことができなかった。

ひとえに、会話でラポール形成ができなかったことが原因だ。
感情を共有できなかった。
大変そうな話をしているときも、周りに可愛い子がいないかキョロキョロしてしまったし、
嬉しそうな話をしているときも、可愛い店員さんにどうやって連絡先を渡すか画策していた。

でも、勝負を投げるわけにはいかない。
時は元に戻らない。

できあがった環境で、最大の成果を求めないと。
駅に向かう途中で使ったのが、ルーチン「Dead or Alive」だった。

「何回も会っても、『まだ』って言われて二人になれないんだったら、俺ももう会う気になれない。
だから、今日俺と一緒にうちに来るか、もう二度と会わないか選んで」


めちゃくちゃなロジックである。
言ってて「何言ってんだ俺」と思った。
心ここにあらずで発動した苦し紛れのルーチンだった。

でも、思いの外刺さったのか、彼女はじっと考えて迷っていた。
一緒に改札をくぐる。

俺の家の最寄り駅で一度降りた。

「一緒に行く?」


(来い来い来い来い)


内心、祈っていた。

彼女が顔をあげる。


(来るか来るか来るか)



「いや、行かない」



なんだってーーーーー



「そっか、わかった。じゃあ・・・」

俺は一人で階段を降りた。
振り返ると、彼女はもういなかった・

一人で改札をくぐり、駅の外に出る。

真冬の風が、いっそう冷たく感じた。