俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

ルーティーンよりも、とにかく楽しむ。




大学時代、星の数ほど合コンをした。

特に、年間で10単位しか取れなかった大学2年のときに、「全国合コンを開いた数選手権」が開催されたとしたら、おそらく全国の大学生で5本の指に入るレベルの開催数だったと自負している。

心外なことに、大学では「チャラい奴」というレッテルを貼られ、知らないサークルの、会ったこともない非モテに「彼は気をつけたほうがいい」と言われていた(らしい)
(なお非モテは、俺のことを「危険人物」として警告した女の子に告白して振られた。お前の方がよっぽど危険じゃないか!)

類は友を呼ぶのか知らないが、一緒に遊ぶ仲間たちは、ノリの軽いチャラチャラとした奴が多かった。

合コンを通じて色んな友達ができたし、合コンを通じていたからこそ、似たような奴らが集まったんだろう。
(あの頃「もう合コンに行くな」を読んでいたら、ナンパ仲間になっていたんだろうか?大学の図書館に「もう合コンに行くな」は置いてなかった)


そしてあの時は、近くの女子大や看護大の子と合コンすると、そこそこ高い確率(4回に1回くらい)でいわゆる「乱」のような形になっていた記憶がある。

夏はビアガーデンで仲良くなって、そのまま家で飲んで〜なんてこともあった。

カラオケに行ったら、曲に合わせて馬鹿みたいに一気飲みして、立てなくなるくらいに飲んでいた。

まぁ、相手の女の子もみんな若かったし、俺達も若かった。
若さゆえの勢いがあったのかもしれない。


あのときは「乱」なんて言葉は全く知らなかったし、ルーティーンなんてあるとも思っていなかった。
「成果を出そう」なんて気持ちも、たぶんなかった。


あのときの俺達にあったのは、漠然とした下心と、場を楽しむという気持ちだけだった。

飲みまくって、笑いまくって、潰れてそのまま寝てしまいたかった。
結果は二の次だった。

トイレが恋人で、Tという男は毎回ゲロの掃除をさせられることから、「ドクター・ゲロ」と呼ばれていた。

一気飲みが楽しかった。女の子も楽しそうに飲んでいた。
特に看護大学の奴らの一気飲みコールは殺人的だった。

人を救うために勉強しているはずの看護師の卵が、俺を殺すためにコールをかけてくる。
彼女たちのコールからは、明確な殺意を感じた。
俺はその殺意を、包み込むような愛で受け止めた。

カラオケに行って、ギラつくなんて考えないで、マキシマムザホルモンを歌いながら、ひたすら踊ってた。
俺は歌が下手だけど、「恋のメガラバ」のデスボイスだけは得意だった。


そして、ルーティーンを知ってしまった今だからこそ、改めて思う。

俺が求めていたのは実は、あの頃みたいに、楽しく飲むことだったんじゃないかって。


女の子と飲み会をするとき、ルーティーンという定型的なパターンに当てはめる。

そのときは、数学の問題を解くみたいに、「結果」に向かって駒を進めていく楽しさがある。

「定型トーク」を使って、「ハードルを下げ」て、あるタイミングで「ギラ」ついて、「サイン」を送って、「セパレート」して・・・

それらはナンパ師や恋愛プレイヤーの中で広く語り継がれていて、性交の成功確率を高める方法論として確立された。

将棋にも先人が確率した型があるように、ルーティーンは先人の努力と経験の結晶だ。
そんなルーティーンを否定することは俺にはできない。


でも最近思うのは、おれは下手に知識だけつけてしまって、こういう一つ一つのルーティーンに捕われすぎていたのではないか、ということだ。


俺が求めていたのは、ルーティーンに習熟することだったのか?
ルーティーンの正しさを証明して、身体の関係を得ることだったのか?


それは、ちょっと違う。
ナンパとしては正しいことだけど、俺が望んでいたこととは少し違う。


「勝ち」とか「負け」とか考えずに、仲間と浴びるように飲んで、馬鹿みたいに笑って、

あー飲み過ぎちまったなと、安いラーメン食いながら反省会して。


誰かが即ったらみんなで祝杯をあげ、可愛い子がいたら皆で興奮して、
楽しかったな、またやろうな、と再会を誓って(当時は「即」なんて言葉は知らなかったけど)

そんな風に、心から「あー楽しかった」っていう思い出を、仲間と一緒に作りたい。
そのためには、もっと馬鹿にならなければいけない。

「ルーティーンを使う」ためには、飲みながらも、どこか頭は冷静に保ち続けなければいけなくて、
「馬鹿になって酔っ払う」のと「冷静にルーティンを遂行する」を両立させるのは、実はとても難しい。

そして、ルーティーンを使おうとして、逆に不自然になってる部分もあるんじゃないかと思えた。
(それはあくまで、俺の未熟さゆえだ)

たとえば、ツイッターで出会ったような方や、ルーティーンを知っている友達と飲むとき。

一緒にいる人に迷惑をかけないように、そして、「ショボくてつまらない奴」と思われることを恐れて、
頭の中のルーティーンを無理やり引っ張りだして、頑張って使おうとしていたところもけっこうあると思う。

侍が刀の使い方を披露するみたいに。


「トークうまい」とか、「場の雰囲気作る」とか、「ナンパの腕」とか、「セパレートする」とか、「結果が残った残らなかった」とか、「ルーティーン」とか・・・。

たまにでいい。
たまにでいいから、そういうの全部忘れて、ただただ楽しむだけの飲みがしたい。

自分が楽しんで、友達も笑って、女の子も楽しい。
「ルーティーン」や「暗黙の決まり事」を忘れて、普通に飲みたい。

たぶん、ツイッターとかブログに報告しようとすると、結果にコミットしてしまうと思う。
ルーティーンを意識してしまうと思う。
それくらい、この世界に浸かってしまっている。


だから、こっそりでいい。

こっそりと、結果を出すことが目的じゃなくって、ただただ楽しむために、

ワイワイ飲んだり、その勢いでフラフラとナンパしてみたいな。
そういうのできないかなぁ。

もちろん、いつも結果を気にしないなんて、絶対言わない。
男は結果が大事。

でもたまに、何も考えないで潰れてしまいたい。

何が言いたいかというと、カラオケで「恋のメガラバ」を歌って、そのまま寝てたときみたいに、明日を考えないアホをやりたい。

社会人的にはどうかと思うけど、年に何回かは、そんな週末がくればいいなって願ってる。