俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

勝ち負けの基準は自分の中に。

前の記事で、「アポに負けた」と書きました。

慣習として、アポ時に行為まで至らなかった場合、「負け」と言うことが多いですが、
自分で書いておきながら、実は違和感を感じていました。

ナンパに出かけて、やれなかったら「負け」とか、「坊主」と言います。
これは本当に「負け」なんでしょうか。


俺は、誰と闘って負けているんだろう?


「負け」という報告は、多くの場合、ナンパ系コミュニティや、あるいは恋愛工学クラスタのメンバーにに対して発信するものと思っています。

なぜなら、コミュニティの慣習は、やることが「勝ち」で、やらなかったら「負け」とされているからです。

「アポに負けた!」
「坊主!」

の「負け」を判定しているのは、コミュニティの慣習です。


でも、ここで疑問が生まれます。


俺は成果を報告するためにナンパしているのか?

誰かに勝ちを評価してもらいたかったの?


それはきっと違うよね、と。


俺は、勝ち負けの基準は自分が決めるべきだと考えています。


もちろん、「即ったら勝ち」という基準もありです。
でも、それだけが「勝ち」というのではなく、「初めて街に出たので、一声かけることができたら勝ち」でも全然いいと思います。

大切なのは、その基準をなんとなく周りに合わせて決めるのではなく、自分で決めるということです。


俺にとっての勝ち負けの基準は、「自分が決めた目標を達成できるかどうか」です。


「次の日は仕事があるから、終電で絶対帰る」と決めていたにも関わらず、自分の欲に負けて一晩中飲んでナンパしてしまったら、たとえ即ったとしても、それは自分の中では「負け」です。

「キレイな子と連絡先を交換する」という目的で街に出て、その目的を達成した場合は、たとえ即れなくても「勝ち」です。

仲の良いナンパ友達とも、自分を律することを忘れないようにしよう、と話しました。

それでも、ここで「自分が何を目的としてナンパしているのか」を明確に言葉にできていないと、行動がブレてしまいます。

俺は今の歳になって、わざわざ時間を取ってナンパをするなら・・・

・・・恥ずかしいですが、頭がいっぱいになるくらいの好きになれる子を見つけたいです(笑)
高校生のときみたいな。
それって、なかなか普通に生活してたら見つからないですよね。

あとは、友達と楽しく飲めたらいいな、と思っています。

個人的には、経験人数を増やすことにはあまり興味がなく、どちらかというと、むやみには増やさないようにしたい気持ちの方が強いです。


この感情は、過去の反省からきています。

大学の途中までは、けっこう遊んだりしてて、「とりあえずやっちゃうか、経験人数も増えるし」みたいなことがよくありました(ストリートナンパとかはめったにしなかったし、クラブも行ってなかったんですが)

で、22歳くらいのときに、手帳を見返して、経験した人の名前を書き出してみたんです。
70人くらい箇条書きにして。名前を覚えてない人は「XXで出会ったCカップの子」みたいに書いて。


ぞっとしました。


色んな子と色んな場所、色んなタイミングで経験したにもかかわらず、振り返ると何も、
・・・何も残っていなかったんです。

あれ?俺は何やってきたんだろうって思いました。
携帯電話を変えるたびに消えるような女の子と何の感情もなく、一回だけ経験して、その後は連絡しなかったりで。

数を積み重ねて、薄れた記憶と、「やった事実」だけが残って、他には何もなかった。あまり幸せにはなれていなかった。

きっと、相手の記憶からも消えてたんじゃないかな。


ただ無感情に経験人数を増やしてみても、後で何も残らないってことを、比較的若い時期に実感できたのは、ある意味ではよかったと思います。

あのときに自分の経験を振り返ってなかったら、俺は今でも、行きずりの関係を積み重ねることを求めていたかもしれません。

その価値観のままストリートナンパやクラブを覚えてしまったら、
そこで経験人数を増やすことのあまりの簡単さに、寝食忘れてハマってしまっていたかもしれません。
※リアルの限られた出会いの場に比べて経験人数を増やすのが簡単、という意味です。


「ナンパがビジネスに役に立った」なんていう話もたまに聞きますが、
多くの場合、それは自分の行動を正当化するための詭弁です。

サッカーうまくなりたい人はサッカーをやらなければいけないように、営業がうまくなりたいなら、ナンパなんてしてないで営業していた方がいいはずです。

ナンパは、「あくまで余暇の時間で、自分の人生を充実させるためにやっているもの」と認める必要があります。

都合よく「ナンパは仕事に役に立つ」と考えてしまうと、仕事よりもナンパをすることが正しいと思ってしまいかねません。

例外的に、本当にナンパがビジネスに役に立つ稀有な例としては、外資系の保険会社があります。

プルデンシャル生命という外資系の会社に勤めている知り合いがいます。
彼の年収は2000万くらいあるんですが、その人はよく、ナンパで引っ掛けた女の子を接待合コンに呼んでました。

経費で合コン費用を払い、そこに呼ばれた男の人も、ただで楽しむことができる。
その代わり、あとで生命保険の話をする。
契約できたら、それが自分のお金になる。しかもビックリするくらい高収入に。

ナンパを仕事に役立てることができるのは、こういう仕事をしている人です。
あとは、スカウトとかナンパ講師とかですかね。

こういう人は、仕事のためにナンパをしていて、実際にナンパがビジネスに役に立つ例だと思います。


しかし、それ以外の普通の会社員の方がナンパにハマると、仕事に悪影響が出ることの方が多いかもしれません。

人生のパフォーマンスは、1日24時間という時間のポートフォリオをどう配分するかで決まります。
適度に息抜きするなら全然いいと思いますが、自分の時間は限られているので、明確な線引きが必要です。


この記事は決して、ナンパを否定する意味はありません。

ただ、ナンパは魔術的に中毒性のあるゲームです。
強い意志と目的意識を持たないと、あっという間にゲームに飲み込まれてしまう。
いつの間にか、ゲームに参加することが目的になってしまう。


ゲームに勝つには、ゲームを去ること。


これは世界一のナンパアーティストの言葉です。
この中毒性のあるゲームをキレイに去るにはどうしたらいいでしょうか。

そして話は飛びますが、人生を「死ぬまでのゲーム」とすると、最期に、

「勝った」
「最高のゲームだった」

と思うにはどうしたらいいでしょうか。

そんなことを自問しながら、一度、自分の時間のポートフォリオを見直してみようと思っています。