俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

自信が虚勢にならないように。




自信というのは、外からつけてもらう自信と、内側から湧いてくる自信の2つがあると思います。
外から湧いてくる自信というのは、たとえば給料の良い会社で働いて、"他の人より"たくさんの給料をもらって、

「すごいねー」

と言われたり、モテに関してだと、色んな女の子に追いかけられることで、

「俺ってたくさん愛される男なんだな」

と思えたり、そういう"自分の外の誰か"からもらう自信のことです。
仕事で結果を残して認められたときに得られる自信も、外からの自信ですね。


一方で、内側から湧いてくる自信というのは、自分の行動に起因します。

それはもう外からの評価は関係なくって、自分を信じることができるかどうか。

人は意識するにせよしないにせよ、「自分はどう行動するべきか」ということはわかっているもの。
たとえば、受験生のときだったら、


「携帯電話なんて見てないで机に向かうべき」


なんてことはよくわかってる。
本気で部活やってるときは、毎日欠かさずトレーニングをしたり、時に身体を休めたり、健康的な食事をしたりと、
本当にやるべきことは、実は自分がよくわかっている。

でも、人間ってすごく弱いものだから、何かと誘惑に負けてしまい、やるべきことを疎かにしてしまう。
そんな誘惑に負けず、「やるべきことを毎日やっている」、「ストイックに努力できている」という実感を、心の底から自分自身で得ることができたとき、内側からの自信が得られるんじゃないかと思います。

俺はこういう恋愛的なブログを書いていますが、本当はやらなければいけないことは他にあると知っています。
もっと仕事に関する勉強もしなければいけないし、色んな土地の色んなものを見て、経験を増やしたい。
英語もやらなければいけない。

やらなければいけないことをやっていないとき、内側から

「お前それで大丈夫なのかよ、いいのかよ」

という声が聞こえてくる気がします。

ツイッターやLINEで性的な刺激(!?)を受けて、自分もその刺激を求めて外に出たりしますけど、本当は、もっと違うことに時間を使わなければいけないんです。

俺は本当に、弱い。
で、カッコイイ人って、内側から湧き出る自信もちゃんと持っていると思うんですよね。
俺がまとっているのは、たとえば、他の人だとか、会社だとか、外の何かに依存した、薄っぺらい自信なんです。

このままじゃ、俺も先が見えるなーって、いま改めて思い直しました。

ブログのコンテンツも恋愛とかナンパとかから少しずつずらしていって、日々の勉強したことをアウトプットしたりだとか、自分の考察を深めて論理的に整理するだとか、そういう使い方をしていきたいです。

恋愛は素晴らしいものだけど、恋愛ばっかり考えるような大人になりたくないって、当たり前のことを今更考えてる自分がいます(笑)

そして、恋愛に関しても、ドヤ顔ツイートや、うまくいったことばっかり書いてきましたが、失敗もたくさんしています。
もっともっと、失敗をたくさん書けるようになりたいです。
カッコつけた自分を捨てたい。


恋も仕事も七転び八起き。
もっとチャレンジしていきます。