俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

身につけたテクニックをアンラーニングして、非モテコミットを目指す。





一周回って非モテコミットは最高だという結論に達した。

テクニックはたしかに有効なものだが、テクニックを使って落とした子はゲームの一部のようになってしまい、愛すことができない。

たくさんの女の子を同時爆撃で狙い、セクする数を増やすために、恋愛工学のテクニックは極めて大きな効果がある。

でもそんなことを繰り返し繰り返しやってきて、俺が求めているのは数じゃないんだってわかってしまった。

そういうのは結婚したときの息抜き代わりの遊びとか、旅行先の一晩の思い出のためにやるものだ。

まともに彼女もいない自分がそんな活動を続けても、どんどん暗闇に足を踏み入れていくようだった。やればやるほど、何か違うという虚しさが積み重なっていった。

もちろん、たまには、すごくかわいいな、と思える人もいたけれど、テクニックを使って落としてしまうと、その子にのめり込むことはできなかった。

その子の悪いところだけを見つめて、「主導権」を取られないように、媚びないように。
堂々と振る舞うように、振り回されないように。

Pick Up Artistとして、「正しい」とされた振る舞いをしてきたつもりだ。
1人に執着しないで、可愛い子を捕まえた時こそ、他の女の子を口説いた。

同時に色んな子を口説いたほうが、不思議とうまくいった。
そうして、複数を同時進行するうちに、可愛い子"だけ"を大切にしたいという気持ちは泡のように消えた。

昔、すごく好きになった子と一緒にいることができたときのような、幸せな気持ちも一緒に消えた。


俺は、いつまでこんなことを繰り返すんだろう?



テクニックを使った恋愛は、自分の内面の成長を促すことはほとんどない。
もちろん、外面を磨いたり、振る舞いを艶っぽくすることができた。

でも、全てにおいて「本気じゃない」ことと、
複数同時にアプローチして、「自分は今のまま、選んでくれた女の子を選ぶ」というスタンスだったので、ダメだった時に本気で自分自身の内面を見つめることはなかった。

きっと恋愛というのは、出会いを通じて、身体を交わらせるだけではなく、何かしらの内面の成長も促すものであるのが望ましいだろう。

ここ半年間、一緒にいた女の子はたくさんいたが、誰の言葉も響かなかった。

「俺が嫌なら他に行け」

というスタンスだった。

「お前の代わりは他にもいる」

振る舞いはずいぶん洗練されたが、中身は何も変わらなかった。
精神的に幼いまま、時間が過ぎていった。

★ ★ ★

南場さんは起業したとき、コンサル時代の知識をアンラーニングしたという。
それと同じように、身につけた数々の恋愛テクニックをアンラーニングするときが来たのかもしれない。

本当に必要なものだけを残し、小細工を捨てる。

そして、禁忌とされた非モテコミットを目指して活動を再開したい。

注)非モテコミットできる相手が見つかったわけではない