恋愛工学は「用語」や「定義」ではなく、「中身」を批判しなければあまり意味がない。



はてブのホットエントリでこんな記事が紹介されていた。blog.skky.jp


ブログを書いた方は、はてな界隈でかなり有名なブロガーであるしっきー(id:skky17)さんだ。

しっきーさんの記事はどれも長文で読み応えがあるものが多いが、ざっと眺めるだけでも尋常じゃない読書量であり、彼が只者ではないことはわかるだろう。

昔記事を読んだ記憶だと、しっきーさんは実際にナンパ講習なども受けたことがあり、何事においても当てずっぽうで批判をするような人ではない。

行動力と考察力を兼ね備えたアルファブロガーであるといえよう。

ちなみに、彼の「恋愛」カテゴリの記事を読むとその辺の話が詳しく書かれている(ナンパ師にとっては手痛い批判が多い)


余談だが、この記事はブログ運営にもすごく参考になる。blog.skky.jp



さて、冒頭で紹介した「【藤沢数希】恋愛工学という厄介な新興宗教【批判】」という記事について、信者の立場から考えてみたい

正確に言うと、「元信者」といったところだろうか。

僕は「ヒデヨシ」というアカウントでツイッター上でやりとりをしていた。
批判の多さやアンチとのやりとりに疲弊してしまい、先日全てのツイートを消してアカウントを塩漬けすることに決めたのは、多くの人にとってどうでもいい話だろう。


さて、11,947文字にわたって書かれた元記事で、しっきーさんが言いたいことは大きく分けて2つになる。


一つは、「恋愛工学は科学ではなく、宗教であること」

もう一つは、「恋愛工学という宗教が成り立つ理由と、その危険性について」


それぞれの主張を裏付ける(とても長い)説明が書かれており、言っていることはどれも正しく、納得できるものである。

ここまでで述べてきた有料メルマガの何が宗教的かと言うと、藤沢数希がいなければ「恋愛工学」が成り立たない点で、どうみても宗教です本当にありがとうございましたということになる。

誰もが原理を追求していい「科学」なら、藤沢数希抜きでそれぞれのメンバーが恋愛工学の原理(もしそんなものがあるのなら)について遡って考えてもいいはずである。

恋愛工学がその内容の正当性をどうやって保証しているか。それは科学であること(誰もがソースを検証できること)でないのは明らかだ。
恋愛工学は、教祖である藤沢数希がレベルの高い女性を獲得する能力があること、その方法を知っていることに正しさの基準を置いている。

そしてその根拠になる部分がプライバシー配慮の名目上、抽象的文章で書かれているなら、それは信じるしかない。


しっきーさんの記事では、恋愛工学の「科学であるか」「工学と呼ぶにふさわしいかどうか」という点を中心に批判している(ように見える)。
そして「信じるしかない」という結論に行き着く以上、「宗教的」と言わざるを得ないと述べている。


しっきーさんの主張はもっともだし、正しい。


ただ、僕が思うに、藤沢さんが「恋愛"工学"」というネーミングをつけたのは、

「できるだけ客観的に『恋愛』というものを見つめてみて、色んな人の実践結果から、女の子の心を掴むのに効果がありそうなものを体系的にまとめていこう」

というような意味合いであり、ぶっちゃけると一種のシャレのようなものだと思っていて、他の恋愛工学生(信者)も同じような解釈でいるように思う(みんな本気で厳密な意味での「科学」とは思っていないはず)
客観的に考察できてしまう時点で恋愛じゃないと言えばそれまでだけど。


おそらく恋愛工学のメルマガを読んでいる人の多くは、厳密な意味での「科学」を求めているわけではない。


なので、


「恋愛工学なんて言っても、結局それは科学ではなく、宗教だよね」


と言っても、恋愛工学信奉者からすると、


「う、うん、たしかにそうだね。特に、最近の藤沢さんの身内向けのモチベーショントークは宗教っぽいよね。
そんなのわかってるけど、何か役に立つかもしれないと思って購読してるんだ」


と言う他ない。

たしかに宗教っぽいが、それは読者も百も承知で購読している。

乱暴な言い方をするならば、恋愛工学を真正面から批判するには、「科学のあり方」や「ネーミングのキモさ」について批判しても響かないのである。


つまり、恋愛工学を最も効果的に批判するには、


「科学的(?)に検証された手法っていうけど、そのやり方、実は役に立たないよね」


というように、中身を否定する必要がある。

恋愛工学信奉者が求めているのは科学ではなく、テクニックだからだ。

そのテクニックが役に立たないということを証明しない限り、恋愛工学の魔法は解けない(宗教から抜けられない)


あるいは、教祖である藤沢さんが矛盾している点を指摘しないといけない。

ネーミングや科学のあり方は、恋愛工学にとっては瑣末な問題でしかないのだ。


では、恋愛工学を効果的に批判したい場合、具体的にはどのようにするのが効果的か?

それがこの記事の主題だ(建設的な批判は議論の発展にもつながるはず。批判が許されないのなら、それはマジで宗教だ)


たとえば。

恋愛工学にはTCとかCTと呼ばれるテクニックがある。

あれに触れること・これに触れさせることで発情させるテクニックとされている。


が、実際のところ、このテクニックが有効であるとは思えない。


「女」を触れば必ず発情するわけでもないし、「男」に触れさせれば相手が欲情するわけでもない。

CT、TCをしたことによって抱くことができる女の子だったら、むしろそんなことしなくても抱けるだろう。

CT、TCが第三者が実践しても特に効果がないことは、他ならぬ恋愛工学生が証明してしまっている。

6連戦 最終戦 ~ゴールライン上の激戦~


つまり、恋愛工学で発表されたTC、CT理論は正しくない可能性が高いと言える。

ここでいう「正しい」とは「100%同じ効果がある」という意味ではなく、「成功する確率が高い=正しい」という意味で使っている。

その意味でも、TC、CTは正しくない(=有効に機能する可能性が低い)し、むしろ逆効果になることが多いのではないかと思っている。



次に、恋愛工学にはトリガー理論という理論がある。

女の子は身体の関係を持った相手を好きになるという理論だ。

経験上、この理屈はたしかに正しいとも言える。

問題なのは、このトリガー理論があまりにも成功体験として報告されるせいで、トリガー至上主義に陥っているところだ。


女の心を落とすには必ず身体の関係を結ばなければならない。
トリガーさえ引ければ大丈夫、というように。

トリガー理論の巧妙なところは、身体の関係を持った上で、相手の心を落とすことができなかったら、「テスト失敗」とされる。


「テスト失敗」という理屈がある限り、トリガー理論は絶対に正しくなってしまう。

なぜなら、相手の心のトリガーを引けなかったら「テスト失敗」だし、相手の心のトリガーを引けたら「トリガー理論が正しかった」となるからだ(余談だが、カール・ポパーは反証可能性のない理論は科学的ではない、としている)


そして、この理屈を過度に信仰させることは、下手すると無理に身体の関係を結ぶことを助長してしまいかねないと思っている。

盲目的に恋愛工学を信じてしまうと、


とにかく入れればいいんでしょ、トリガー引けばいいんでしょ


となりかねないからだ。

女心はそんなに単純ではなく、身体の関係をもつ前に相手を魅了し、しっかり信頼を築く必要がある。

トリガー理論を過度に信じることは、その過程をすっ飛ばしかねない。

俺は女の人の恋愛感情は、一種の思い込みから生まれるものと思っていて、「この人しかいない」と信頼させる必要があると思っている。

セクはそのきっかけになるかもしれないけれど、それが全てではない。


「まずは身体の関係を持ってから」


という目標はわかりやすい「結果」ではあるが、それは恋愛工学を「科学」として成り立たせるための屁理屈のように思える。
感情は目に見えないため、科学として検証することができないからだ。

恋愛工学を盲信することが危険であることは、元記事のしっきーさんが指摘する通りでもあるだろう。



元記事に書かれている、「なんで恋愛工学を広めようとするの?」という点には誤解がある。

相対的に価値の高い女性というリソースが限られていると仮定するなら、当然そこには奪い合いが生じる。
恋愛工学徒からすれば、そのノウハウがあまり共有されていないほど自分が成功する確率は高まるのに、なぜか皆に布教しようとする。


恋愛工学のツイッターアカウントをやっている人は、別に恋愛工学を広めようとはしていない。


広めようとしているのは、藤沢さんだけだ。


恋愛工学アカウントを作った人たちは、本来は、内輪でひっそりとオフ会をしたり、仲間内で成果を共有したいという動機でツイッターをやっていたはずだ。
自分自身のモチベーションや、ちょっとした交流のために。


元々は自分たちで楽しむためにやっていたはずが、いつの間にか多方面からウォッチされ、いつの間にかアンチが増え、色んな人に叩かれ、「キモいキモい」と叩かれるもんだから反論しているうちに「信者」とされ、
藤沢さんが「騎士団との闘い」とか「自警団の爆撃」のように煽ってくるもんだから、余計に対立構造が深まったというのが、現場からの印象である。


さらに言うと、藤沢さんはメルマガ上では読者のアカウントを擁護し、正当化する投稿を繰り返しているが、実際の闘いが行われているツイッター上で、キラキラアカウントや自警団に自ら反論したことは一度もない。

事件が会議室ではなく現場で起きているにも関わらず、藤沢さん自身が現場で反論することは一度もないのだ。


彼はメルマガで「同志が傷つき倒れていくのが悲しい」と語った。

本気で悲しいなら、なぜ自分が先頭に立って、ツイッター上で「彼らは間違っていない」とキラキラアカウントに対して反論しないのか。
なぜボコボコに叩かれている自分の信者を見て、自分だけは傷つかない位置から見物しているのか。

「恋愛工学が正しい」と藤沢さん自身が信じているなら、なぜ現場で傍観者になっているのか。


メルマガに投稿される自警団との闘いの論文が、

「お前らメルマガのために、もっとツイッター上で闘ってこいよ。応援してるからさ」

と言っているようにも見えた。


その他にも色々とツッコミどころはある。

恋愛工学で紹介されている理論やルーティーンのほとんど全ては「THE GAME」のパクリであり、「ミステリーメソッド」の焼き回しであり、「ウケる技術」の改変である。

それ以外は、読者の投稿によって支えられている。


最近感じ始めたことだが、藤沢さんはきっと「恋愛工学を通じて世の中の女の子を幸せにしたい」わけでもなく「非モテに希望を与えたい」わけでもない。


徹頭徹尾、ビジネスをやっている


彼が行っているのはマーケティングであり、営業であり、金儲けである。


その証拠に、藤沢さんはメルマガの初期時点では「恋愛工学はメルマガ内で、身内だけで語るからこそ有用だ」と繰り返し述べていた。

にも関わらず、恋愛工学が注目を浴びるにつれ、それらのメソッドを無料でネット上に公開し、小説を発売し、ベストセラーになっていた(昨日行ったTSUTAYAでは売上げランキング
2位だった)

藤沢さんも自分がかつて述べていたことと(=恋愛工学は身内でやるべき)、今やっていること(=小説を発表して手法を公開)が矛盾しているとわかっているからこそ、メルマガで何度も「ポストぼく愛後の恋愛環境」について語ったのだろう。


恋愛工学のメソッドが無料で公開されていることについては、しっきーさんも触れている。

しかし実は、藤沢数希の記事の中でそれなりに有用だったり面白いもの、一番良い部分はすべて無料公開されている。有料記事だからと言ってクオリティが高いわけではなく、それではメルマガで何が書かれているかというと、身内向けのモチベーショントークだ。


繰り返しになるが、藤沢さんはあくまでビジネスを展開しているのである。

藤沢さんは恋愛工学株式会社の社長で、多くの会社がキレイ事の理念だけでは動いていないように、実際は金を稼ぐためにやっている。


だったら、読者ももっと、ビジネスライクに恋愛工学に接すればいい。

月に840円のお金を払い、そこから得られる情報に840円分の価値があるかどうかを毎月判断する。


価値がないなら、購読をやめる。
価値があれば、購読する。


自分の頭で考えて、判断すればいい。


金融日記の理論が全て正しい訳ではないけれど、役に立つ投稿もたくさんある。


たとえば、「第73号 NLPに基づくデートでのラポール形成と誘導」。
メルマガを読んでいたからこそ、NLPに触れることができた。

メルマガをきっかけにNLPの理論を学び、実生活ですごく役に立った。これは本当だ。

「LINEコミュニケーションのパッシブ運用ガイドライン」は恋愛工学のメルマガを読んでなければ手に入らない情報だったし、その他にも読者の善意に支えられた有用な投稿もたくさんある。
「ACSモデル」だって、金融日記のメルマガを読んでいたからこそ、「The Game」の存在に気付くことができた。

個人的には恋愛工学の「小手先系」のテクニックが役に立つかといえば疑問が残るけれど、小手先じゃない部分(NLPや自信を持つこと)は役に立つことが多いと思う。


それに、恋愛工学は宗教的だからこそ役に立つ側面も見逃せない。
信じることは行動の原動力になるからだ。
逆に言うと、多くの自己啓発本が行動に結びつかないのは、著者との距離が遠すぎるからである。


魅力的な肉体を作るために筋トレを皆で頑張りましょう。
Post SP(身体の関係後)での魅力を高めるために、お金を稼げるように努力しましょう。
仕事を優先していきましょう。


これらの思想は多くの場合、実生活の向上という意味で、好ましい効果がある。

物事は何事も、負の側面もあれば良い面もあるのである。

なので、負の側面の影響を受けないように自分の頭で考え、役に立つ部分は取り入れていくクールな姿勢が大切だ。



恋愛工学は本来、「宗教」ではなく「情報」なのである。

しっきーさんはそれはもちろんわかった上で、宗教的になっていることに警鐘を鳴らしているわけだけど。



さて、次の記事では「恋愛工学が宗教であることが、なぜ役に立つのか」について改めて考えていきたい。



【2015/08/10 追記】

書きました。oreno-yuigon.hatenablog.com