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俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

恵比寿のスカッシュ・ルーティーン。

連日の残業にため息をつきながら、酒井はグループラインにメッセージを送る。


[明日はペアーズ案件とアポ。いいね1000超]


オフィスの窓からは金曜の浮かれた街の様子が見える。
目の前のタスクの量にうんざりしながら、週末の仕上げとも言える作業にとりかかっていた。

LINEのアイコンに数字が灯る。

[顔は?]

[写メはよ!]

[( ゚∀゚)o彡゚おっぱい!おっぱい!]

酒井はヤリチン集団とのLINEのやり取りに苦笑いしながら、手短に返信した。


[写真は普通に可愛い]

[おっぱいはペアーズじゃわからんw]

[写メは明日ね]


スマートフォンの電源を落とし、仕事にとりかかる。
週末まであと少しだ。



★ ★ ★


土曜日の恵比寿は人もまばらで、見上げると絵に描いたような青空が広がっている。
頬を撫でる風が心地よく、ただ歩くだけで心が踊る気がした。


カフェで女を待つ間、グループラインにメッセを入れる。


[もうすぐアポ。いってきます]

[画像を送信しました]


ペアーズの相手のプロフィール写真をキャプチャした画像を送る。
すぐに返信が入る。

[ちょw可愛い!即報待ってます!]

[了解]

「即」というのはヤリチン界の言葉で「その日のうちにセックスする」ことの隠語だ。

腕時計を見ると、針は14時55分を指していた。
待ち合わせの5分前に女からLINEが入った。


[準備に時間かかっちゃって(汗)10分くらい遅れますm(_ _)m]


酒井はすぐに返信する。


[気にしなくていいよ!カフェにいるから!気をつけておいで]


やれやれ、と酒井はため息をつく。

ペアーズではたくさんの女と会ってきたが、遅刻する女は2割くらいだ。
感覚的に、10人と会うと2人は遅刻してくるが、思ったよりも時間にルーズな女は少ない。


「いいね数1000以上の女だしな」

酒井は頭の中で20点の減点をつけ、気持ちを切り替えた。


可愛かったら、減点は帳消しだな、などと考えていたら、LINE電話が鳴った。


「待たせちゃってごめんなさい!店の外で待ってます!」

「了解。今から降ります」

酒井は会計を済ませ、カフェを出る。


さぁ、ゲームの始まりだ。


店の前にいる女を見て、酒井は一瞬、息を呑んだ。


可愛い。


ワインレッドのワンピースに黒のレギンス。
手には小さなバッグを持っている。

毛先をくるくると巻いた髪は肩にかかり、いかにも20代前半丸の内OLの休日というような、可愛らしい格好をしていた。

「・・・ノリコちゃん?」

「ノリコです。待たせてごめんなさい」

「そんなん全然気にしなくていいよ。会えて良かった」

酒井はいつものように100万ドルの笑顔を向ける。
仲間たちからは「ミリオンダラースマイルの酒井」と呼ばれていた。

「それより・・・ちょっと!写真よりも可愛くないですか!?一瞬自分の目を疑ったわ」

大袈裟に驚いたように言うが、いつも通りのルーティーンだ。
酒井は誰と待ち合わせするときも必ず「写真よりも可愛いね」と言っている。

これで嫌な顔をする女は今のところ、一人もいない。


「じゃあ、いこっか!予約してるから!」


酒井はもう何度目になるかわからない道を歩きながら、初めてその道を発見したときのような、新鮮な顔を向ける。


「楽しみだね!」


ノリコは笑顔でついてくる。


「私、スカッシュやるの、初めてなんです」


「大丈夫、俺も始めたばっかりだから。ノリコちゃんなら、すぐうまくなると思うよ」


予想以上に可愛い子が来て、足取りが軽い。
空には抜けるような青空が広がり、土曜の午後の恵比寿に初秋を思わせる爽やかな風が吹いた。



★ ★ ★



あまり知られていないが、恵比寿のコナミスポーツクラブではコナミ会員でなくてもスカッシュコートを利用することができる。

事前予約が必要だが、一週間ほど前から連絡を入れれば問題ない。

「コナミでスカッシュができる」という情報は、酒井の古い友人である豊臣という男がわざわざコナミに電話して裏を取り、コミュニティ内で共有された。


その後、酒井がその情報を「スカッシュ・ルーティーン」として昇華させ、それからは恵比寿・渋谷周辺に住むメンバーの定番デートコースとなった。


スカッシュは密室でテニスボールのような球を打ち合う球技だ。
テニスほど二人の距離が遠いわけでもなく、バスケやサッカーほど取っ付きづらいわけでもない。

狭い室内で球を打ち合う中で、自然とComfort-Building(女の子との信頼関係)を形成することができる。

スカッシュは非常にリーズナブルな上、日頃の運動不足の解消にもなり、健全さすら匂わせることができる。

非常にコスパの良いデートであった。


あらゆる仕事が品質・納期・価格を考えて進められるのと同様に、酒井もデートをする上で、相手のレベル・コスト・メリットを考える。

相手のレベルに応じて予算や、かける時間・手間を決定し、同じくらい雰囲気の良い店であれば、できるだけ安い方がいい。
そして、どうせ時間を使うなら、できれば自分が楽しく、何か得るものがあるデートにしたいと考えている。


酒井のスカッシュ・ルーティーンは全ての面で優れていた。


パーンッ!

とゴムが弾けるような破裂音が響く。

「本当に始めたばっかりなんですか?」

ノリコは息を切らしながら尋ねる。
酒井は、内心別の女の顔を思い浮かべながら、

「最近始めたばかり!てゆうか、ノリちゃんセンスあるね!」

と答えた。

酒井は先週、別の女とスカッシュした後、ルーティン「テイク・ア・シャワー」を駆使し、ラブホテルに連れ込んだばかりだった。


「軽く汗流して帰ろうよ!なんかビシャビシャのまま電車乗るの嫌だし」


コートで汗を流し、ベッドで汗を流し、身体も股間もスカッシュさせる。
酒井のスカッシュ・ルーティーンに死角はなかった。


もちろん、スカッシュをしたからといって、必ずホテルに行けるわけではない。
和みがどの程度まで来ているか、常に相手の表情や仕草を観察し、判断する必要がある。


第一段階のスカッシュは、十分な「和み」を築けたと判断した段階で切り上げる。
和みの時間は長すぎてはいけない。短すぎてもいけない。

多くの初心者は和みが短いままギラつき、女の子に引かれてしまう。
そのような初心者は、和みの時間が短くても流されてしまう「即系」と呼ばれる女とはセックスできるが、まともな貞操観念を持つ女には滅法弱いのが特徴だ。


一方、多くの非モテは和みに時間を使いすぎる。
Comfort-Buildingと呼ばれる和みのフェーズが終わった段階で、Seductionと呼ばれる誘惑フェーズに入るのがヤリチン界の定石だ。

しかし、非モテは拒絶を恐れるあまり、Seduction(=ベッドに誘う)のタイミングを見失ってしまうのである。

スカッシュで50%程度の和みを確認した酒井は、予約していた次の店へと向かう準備を始めた。

最後の仕上げのためだ。
ここで焦ってラブホテルに誘ってはいけない。

慎重に、Comfort-Buildingを続ける必要がある。

女がシャワー室で汗を流している間、グループラインにメッセージを送る。

[いけそう]

[可愛い。しかも巨乳]

すぐに返信が入る。

[まじで!]

[グッドラック!]

スマホをカバンにしまい、女が髪を乾かしている間に歯を磨く。

口が臭い男は論外だ。
ポケットにはミンティアも常備している。


「おまたせ!」


艶やかな顔をしたノリコが現れた。
その屈託ない笑顔は、汚れなき天使のようだ。


「全然だよ。じゃあ、いこっか」


スカッシュの疲労をかすかに感じながらも、足取りは軽かった。


もし仮に俺達が結婚したら、酒井ノリコになっちゃうね」

「逮捕されちゃうかもね」

二人の明るい未来を匂わすルーティーンを抜け目なく差し込み、二軒目の店へと向かう。
酒井はノリコの手をしっかりと掴み、ノリコもその手を握り返した。


いつの間にか日が暮れ、賑わい始めた恵比寿の空に朧げな星が浮かんでいた。




(続く)