俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

映画「エベレスト」を観て、「人はなぜ山に登るのか」を考えた。




大事な結論を最初に言おう。
この映画はデート向けの映画ではない。

観た後はとても暗い気分になるし、何より救いがない。
そこにあるのはドラマはなく、リアルである。

この映画では人が死ぬ。
しかし、誰かが誰かを殺すわけではない。


山が、ただそこに佇んでいるだけだ。



映画に出てくる難波康子氏は実在した日本人である

そして、wikipediaに載っている彼女のエピソードを読むと、「人はなぜ山にのぼるのか?」と考えずにはいられない。

彼女は44歳のとき、ヴィンソン・マシフに登頂。
六大陸最高峰を制覇。

続いて1996年5月10日エベレストに登頂を果たし、47歳で七大陸最高峰を制覇する。
女性登山家として極めて優れた功績を残した。


多くの登山家はスポンサーを獲得し、莫大な資金を集める。
登頂後にメディアの露出を増やし、さらにスポンサーを見つけ、次の挑戦につなげるのが定石だった。


しかし難波康子氏はそのような露出は全く行わず、スポンサーにも一切頼らなかった。
彼女は全ての費用を自身の収入から支払ったのだ。

登山のために長期休暇を取得する時は、同僚に負担をかけぬよう土日も働き、トレーニングのために仕事を休むことはせず、代わりに高層ビルの階段を駆け上るなどして身体を鍛えた。


フルタイムで働きながら、このような挑戦を続けることは、極めて強い意志が必要だったに違いない。

スポンサーを得て、メディアに露出する他の登山家に比べ、彼女はあまりにも無名だった。

彼女が地位や名誉を求めていたわけではなかったことは、その行動からも明らかである。


では、何が彼女を山に向かわせたのだろうか?


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http://matome.naver.jp/odai/2127535445194882301?page=3


さて、これはエレベスト山頂の画像である。
Googleに「エベレスト 山頂」と打ち込み、0.1秒で手に入れた景色だ。


この画像を手に入れるのに、僕は何の危険も犯していない。
1円も払っていない。

そして、この画像を見ても、特に感情を動かされてはいない。


登山家にとって、山頂の景色に意味があるのはなぜだろうか?
なぜ写真ではダメなのか?


写真で見るのと自分の目で見るのは違う?
たしかにそうかもしれない。

でもなぜ、命の危険を冒してまで山頂の景色を見に行くのだろうか?


自分の足で登ることに意味がある?
その通り。


「登山家はなぜ、命の危険を冒してでも、山に登ろうとするのか?」



一日考えて、おそらく間違いないであろうと思われる結論に達した。


彼女は、いや、登山家達は、快楽の虜になっていたのである。

そして、求めていたのは苦行だ。


僕は山に登ったことがない。
そんな人間が登山について語っても説得力がないかもしれないが、人間について考えことはできる。


人間が大きな快楽を得るために必要なものは3つある。


ひとつ目は、明確な目標。
ふたつ目は、長期間、抑圧されながら継続した努力。
みっつ目は、目標の達成によって、長い抑圧(苦しみ)から開放されること。


自分が今までやってきた大きな努力について、振り返ってみてほしい。

全国大会を目指した部活、大学受験、資格試験の勉強、就職活動、ここ一番で任された大プロジェクト・・・。


高い目標を掲げ、本気で長期間に渡り努力し、その目標を達成したとき。

心の底から達成感で満たされたはずだ。
女を抱いた時の快感など比ではない。

辛かった努力が報われたときの、あの快感、あの開放感こそが、登山家を山に駆り立てるのではないだろうか?


そう、登山は辛くないと意味がないのである。
寒くて、息苦しくて、死ぬかもしれない。

それでも、登り続ける。

「頂き」という明確な目標に向かって。

山の上に登って、眼下に景色を見たとき。

その瞬間こそが、これまでの苦行から開放される時間だ。

その瞬間、脳から麻薬にも似た快楽ホルモンが放出され、同時に得られる大きな快感こそが、「命をかけるに値する何か」なのではないだろうか。

繰り返しになるが、僕自身は登山経験ゼロでありながら、想像で記事を書いた。

しかし、我々が辛い思いをしながら何かを頑張ることができるのは、その先に大きな達成感が待っているからだと思う。
そして、一度その快感を味わってしまった人は、「快楽の虜」になってしまうのではないだろうか。

逆に言うと、その脳内麻薬のジャンキーになっている人こそが、様々な困難に打ち勝ち、何かを成し遂げているのかもしれない。

孫正義とかホルモン出過ぎてハゲてるし。


人間の一生は「どれだけ幸せになれたか(幸せを感じられたか)」が大きな意味を持つと思う。

そして幸福感とは、温かいぬくもりと共にあるものではなく、むしろ苦しみと隣り合わせにあるのかもしれない。


空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)

空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)