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俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

デートは「コスト」か「経験」か。秋元康の「企画脳」を読んで考えた。


「俺にとって、女と過ごす時間はセックスするためのコストに過ぎない」


後藤は言った。
女の話はつまらなく、ためになることもない。

だから、デートの時間はあくまでコストとして捉えていると。


彼はとても合理的で、頭の良い人間だ。
自分の目的を、最小限のコストで達成しようとしている。


「女と会う目的はセックスだ」


そう言い切る後藤は、女との関係を割り切っていた。

愛など無い。
そこには本能があるだけだ。

女を口説くときの情熱的な姿勢とは真逆に、後藤は冷めた口調で言う。


「男女関係においては、セックスこそが大事なんだ」



★ ★ ★


俺もまた、彼とは別の意味で合理的な人間だと思っている。
同じデートをするなら、その時間を有意義なものにしたい(相手も楽しめば何よりだけど)

後藤と自分の違いは、デートをセックスするまでのコストと捉えるのではなく、「経験への投資」と捉えたい傾向があるところだ。

もちろんセックスすることを否定するわけじゃないし、全てのデートを新しい経験にできるわけではない。

それでも、できれば行ったことのない駅の、行ったことの店に行き、それを自分の新たな経験として蓄積したいと考えている。
新しい経験は、人生の幅を広げてくれるからだ。


たとえば俺は去年まで、人生で一度もホワイト・アスパラを食べたことがなかった。
ホワイト・アスパラは春先のヨーロッパのレストランで主役として君臨する食材であり、向こうでは「アスパラガス前線」というものもあるらしい。

4月はホワイト・アスパラガスの旬の季節で、そんな旬真っ盛りの本場のホワイト・アスパラガスを丸ごと食べることができる店がある。

神谷町の「ツム・アインホルン」である。

oreno-yuigon.hatenablog.com


去年の春、初めてホワイト・アスパラガスを食べて、涙が出るくらい美味しかった。

この店ではアスパラガスを丸ごと使った料理がコースで出される。

スープから始まり、メインの牛フィレステーキ。サーモンのキッシュ。
全てにホワイトアスパラガスがふんだんに使われていて、どれも本当に美味しくって、頬が落ちた。
来年も絶対に行きたい。


梅雨の時期、東京で、蛍を見ることができるなんて知らなかった。
椿山荘である。

真っ暗な庭があって、そよそよと吹いたら飛びそうな蛍が飛んでいた。
蛍なんて滅多に見ることがなかったから貴重な経験になった。

oreno-yuigon.hatenablog.com



こういう一つ一つの経験は、後になって話の引き出しになり、話の幅を広げるネタになる。

読んで知ってる知識と、実際に自分が目で見て肌で感じた経験は、全く別のものだ。

今の時代は、Googleで検索したら口コミなんていくらでも出てくる。
二次情報はネットに飛び交ってる。

だからこそ、一次体験が大事なんだと俺は思う。
差がつくのは、自分の言葉でどれだけ語れるかだ。


一次体験を共有できたら、一気に仲良くなれるしね。

「やっぱディズニーはスペースマウンテンでしょ!あの宇宙空間こそがディズニーの真髄!」

「あの店行ったんだ!あれ、めーっちゃうまかったよね!特にスープやばくない!?」

みたいな。

雑な例だけど、体験を話せることってすごく大事。

これが、

「あれはすごく面白いらしいですよ」

なんていう伝聞調だったら何の面白みもない。
お前に聞かなくてもGoogleに聞くわ、となる。

デートの後にセックスすることを否定するわけではない。セックスを目的にするのもいいを
でも、デートをセックスするための「コスト」と考えると、セックスできる確率を高めるために「いつもと同じ店で」「いつもと同じパターン」を使いがちだ。
コストならば、できるだけ安く済ませようとするインセンティブが働くだろう。

もちろん金は無限に沸いてくるわけではないので、なるべく安く済ませるのは大切だが、安いなりに「何か面白いことを企画する」という意識があっても良いのではないだろうか。

デートを経験のための「投資」と捉えることもできるはずだ。

そう、今日は企画について語ろうとしていたのである。


★ ★ ★

秋元康の「企画脳」を読んだ。
秋元康といえば、AKB48を大ヒットさせた敏腕プロデューサーというイメージがあるが、実はもっと昔から活躍している。

美空ひばりの「川の流れのように」を作詞し、おニャン子クラブという我々が生まれる前に流行ったらしいアイドルをプロデュースした。

彼は本の中でこう述べている。

発想や企画のヒントは日常の中に転がっていて、それを「記憶」するところからはじまる

企画は空から突然降ってくるようなものではなく、記憶がベースになっているということだ。
脳内にアットランダムに並んでいる記憶を引き出し、結びつける。

白紙の状態で唸って企画を生み出すのではなく、記憶に引っかかっているものを拾い上げていくのが企画である。
料理に例えると、記憶の数だけ食材があり、その食材を利用したレシピが企画なのだ。

食材の記憶も、何も街をうろついて記憶に残るものを頑張って探すわけでもない(そこは色んな場所に顔を出す俺と違うところだ)
発想のタネはどこにでも転がっている。

八百屋さんで「万能ネギ」を見かけた時、「よく考えると変だな...ネギは元々万能じゃないのか?」

「万能ネギがあるなら、万能タマゴがあってもいいじゃないか。万能ダイコンがあってもおかしくない」

と発想を広げていって、テレビのバラエティー番組で「万能○○」を強調した商品を集めた企画にする───

などと、日常から発想のきっかけを見つけていくことが大切だと秋元康は述べている。


★ ★ ★


「日常すべてが発想のヒント」という秋元康の言葉は、彼が偉大なプロデューサーであるからこそ胸に響くものがある。

とはいえ、普通の人が普通に通勤中にヒントを見つけ、企画をバシバシ思いつくのは難しいと思う。

だから、最初のうちは意図的に経験を増やし、記憶のタネを蒔くのもいいのではないだろうか。
秋元康も言っている。

「自分の中に他人に話したくなるような話題、つまり企画という料理のための『食材』を、どれだけ溜めておけるかが重要なのだ」

と。

せっかくだから、普段の何気ないデートも「食材」としてストックできれば、一石二鳥なのではないだろうか。

それはきっと合理的であり、相手にとっても自分にとってもwin-winな提案であり、将来への布石を打つことにもなるだろう。


企画脳 (PHP文庫)

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