夢のような時間だった。
キングダムを読んでいる間、僕はすべてを忘れて春秋戦国時代の中にいた。
春秋戦国時代といっても、もちろんキングダムの世界は史実とすべて一致するわけではない。
作者の原先生も「史記」と「戦国策」を読んで、あとはほぼオリジナルでキャラクターを考えているという。
しかし、そのオリジナルがよいのである。
司馬遼太郎の歴史小説に胸が熱くなるのと一緒だ。
漫画で大事なのは事実かフィクションかではなく、胸にグッとくるものがあるかどうかだと僕は思う。
そしてキングダムは間違いなく、強く僕の心を打ったのである。
キングダム第一巻が発売されたのは2006年。
現在に至るまで10年の時が経った。
この傑作が歩んできた10年を、僕は5日間で堪能したことになる。
キングダム43巻全部読み切ってしまった...。夢のような時間だった。日曜は何も手につかず、ツイッターもLINEも開かずに心は戦国の中にいた。
— ヒデヨシ (@cook_hideyoshi) 2016年11月14日
2006年から10年分の話を一気に読んでしまい、乱世を駆け抜けるように漫画を読み進めることはできないのか...と寂しい気持ちになっている。 pic.twitter.com/mW2TQgj5bA
kindleの漫画は地味に高い。500円もする。これは僕の昼飯代に相当する。
何も考えずに購入すると、ただでさえ困窮しているのに金がなくなるのはわかっていた。
それでも。
どうしても止まらなかったのである。
やめられなかった。
43巻分。21,500円。
一か月半分の昼飯代を使い込む価値がそこにはあった。
白米で耐えしのぐ日々が続いてもいい。そこにキングダムがあるなら。
学生みたいな食生活に戻っても構わない。いまキングダムが読めるなら。
本気でそう思った。
キングダムがあるときは、苦痛だった通勤電車の時間を忘れ、電車を何度も降り損ねた。
43巻まで一気に読んでしまった後、もう二度とこの傑作を一気に読むことはできないのか...と悲しくなった。
大切な恋人を失った後みたいに、心にぽっかり穴があいたような気持ちになった。
そんな恋焦れる少年のような気持ちにさせてくれる超傑作を10年間も読んでこなかったのは、単純に絵が苦手だと思っていたからである。
キングダムの作者である原泰久先生は、あの井上雄彦先生のアシスタントを務めていた方だ。
万人受けする井上先生の絵と違い、キングダムの絵は若干人を選ぶ傾向がある。
世界に入り込んでしまえばのめり込むものの、入り込むまでのハードルが少し高いのだ。
王騎将軍にハマることができるかが試金石
キングダムは、16巻まで読めるかどうかが一つの山だと思う。
16巻の王騎将軍の戦を読むところまでいけば、間違いなくキングダムに夢中になれる。
キングダムの世界にどっぷりハマってしまうだろう。
男のカッコよさは顔では決まらない。たとえば左の画像の男を見てほしい。顔だけ見れば間違いなく不細工である。
— ヒデヨシ (@cook_hideyoshi) 2016年11月11日
しかし、どうだろう?
馬に乗って兵を率いる『王騎将軍』として彼を見ると、もうめちゃくちゃカッコいいのである。
男のカッコよさは顔では決まらない。生き様で決まるのだ。 pic.twitter.com/i2DY9LqK6p
天下の大将軍を目指す主人公 信に確かな道を示した王騎将軍。
死に瀕してなお、大将軍たる誇りは揺らがない。
この記事を読んでくれた人はぜひ、騙されたと思って16巻まで読んでみてほしい。
きっと後悔はしない。
天下の大将軍の生き様に心を揺さぶられ、読みながら嗚咽をあげて泣いた。
原泰久先生が描く武将は、「カッコいい男の生き様」そのものなのである。
キングダム 16 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
- 作者: 原泰久
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士気の高さが成果につながる
キングダムを読んで、将軍の在り方について考えた。
戦を動かすのは将軍だが、実際に闘うのは「人」である。
人はコンピュータプログラムなどとは違い、感情を持っている。
それゆえに、人のパフォーマンスは感情によって大きく左右されるのだ。
キングダムで描かれる天下の大将軍はその存在感ともって、現場の兵士たちを鼓舞する。
大将軍の檄によって奮起した兵士は限界を超えて闘い、実力以上の成果をあげるのである。
「士気」というのは戦果に大きく関わってくるのだ。
賢い人が机の上で立てた戦略だけでは戦には決して勝てない。
現場で動く「人のやる気」を引き出すことが大切なのである。
ひるがえって、会社組織というものを考えてみた。
会社ではみんな真面目に職務をこなしている。
生産性を高めるよう組織としての改善を繰り返し、より効率的に品質の高いアウトプットを出そうと日々努力している。
そのプロセスは実に洗練されている。
しかし、たった一つ足りないものがある。
「士気」である。
当たり前かもしれないが、会社組織の中では王騎将軍に鼓舞された兵士のような死を覚悟するほどの士気の高さを感じることはない。
淡々と業務をこなし、毎日を過ごしている。
組織の活動は顧客にとって価値あるサービスを生み出すために最適化されている。
残念ながら、そこで働く個人を強くモチベートするようにはできていない。
大きな組織の中の歯車として埋没した個人をモチベートするには、ただ生産性を高めるだけではいけない。
個人が組織の中で最大限モチベーションを発揮できるように、組織全体でビジョンを共有し、個人はそのビジョンに共感し、上司は部下を鼓舞し続けていかなければならない。
映画『ソーシャル・ネットワーク』で描かれたFacebookの黎明期の物語のように、自らのモチベーションをエンジンにして動く個人の集団こそが、世界を変えるプロダクトを作り得るのだから。
プロジェクトマネージャーは人を管理するだけにあらず
プロジェクトを管理する「プロジェクトマネージャー」という役割を担う人がいる。
彼らは進捗を管理し、リソースを調整し、プロジェクトの状況を顧客や上長に報告する。
その仕事はさながら、戦局を眺める将軍のようだ。
しかしそのプロジェクトマネージャーの中には、仕事を進めているのが「人間」だということがわかってない人もいる。
「人」とは進捗を報告する機械にあらず。感情によって動く生き物なのである。
士気を高め、やる気を引き出すように「人間」と向き合えるプロジェクトマネージャーこそが、優秀な将となるのだ。
自分の能力が高いと思い込み、自信のある人間に限って、肝心なことが見えていない。
人が最も活き活きと動くのは命令されたときではなく、心を動かされたときなのである。
秦王 政に学ぶトップのビジョンの語り方
キングダムは秦の始皇帝が天下統一するまでの話だ。
周りの国々が結託して秦を滅ぼそうと攻めてきたことがあった。
敵の圧倒的な戦力に秦国は苦戦。
滅亡するか否かの瀬戸際。最後の砦とも言える「蕞(さい)」という都市に敵が迫ってきた。
名のある武将は皆、「蕞」とは遠く離れた場所にある「函谷関」という国門を守っている。
そこを守らねば、敵の大軍が秦国に押し寄せてくるからだ。
兵士は皆、「函谷関」の防衛に出ているため、「蕞」に残っているのは一般市民ばかりだった。
そんな絶体絶命のピンチの中、秦の国王"政"が自ら指揮を取り、民衆を鼓舞したのである。
一生に一度、目にすることができるかどうかわからない国王が、死を覚悟して戦場に表れたのだ。
「ここで敵を止めねば秦国は滅亡する」
「敵は屈強でこちらは老人・女子供も多い
戦えば多くの血が流れ、多くの者が命を落とすであろう」
「だが そなたらの父も、またその父達も同じように血と命を散らして今の秦国を作り上げた」
「秦の命運を握る戦場に共に血を流すために俺は来たのだ」
市民は涙を流して奮起し、敵の名将・李牧を驚愕させるほどの兵士と化したのであった。
ここからビジネス上での「将たる者の学び」を得るとするならば、以下の点だろう。
- 王自らが死地に赴き、覚悟を示したこと
- 民衆に戦う意義を伝えたこと
- 命令する人とされる人という立場ではなく、同じ目線で戦に向かったこと
会社組織にはこれと真逆のことをする人がいる。
部下に命令したっきりで、「それがお前の仕事だろ」と仕事を投げつけ、自分は上の立場でふんぞり返っているような人だ。
これでは人は動かない。
僕は蕞で演説する秦王 政の姿を見て、涙が止まらなかった。
「泣きながら一気に読みました」と帯に書いて原先生に送りたいくらいだった。
この記事を読んだみんなも、キングダム31巻のこの名シーンを読んでほしい。
僕はこの記事を書きながらまた泣いている。
王。
王とは、会社で言うと社長である。
アメリカで言うと、大統領だ。
王の器こそが、組織の器なのである。
繰り返しになるが、人は感情で動く。
そして、感情は「言葉」によって動かされるものだ。
秦王 政の言葉に心を動かされた民衆の姿を見て、言葉が持つ大いなる力について考えずにはいられなかった。
心を声に乗せ、民に届け、魂を震わせる。
耳から言葉を受け取り、その言葉に人々は鼓舞され、自らの意志で動くのである。
言葉の力を甘く見てはいけない。
いつの時代でも「人をその気にさせる力」は、人の上に立つ者にとって最も重要な能力なのだ。
- 作者: 原泰久
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