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俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

『キングダム』が神漫画すぎて時間が経つのを忘れた。


夢のような時間だった。
キングダムを読んでいる間、僕はすべてを忘れて春秋戦国時代の中にいた。

春秋戦国時代といっても、もちろんキングダムの世界は史実とすべて一致するわけではない。
作者の原先生も「史記」と「戦国策」を読んで、あとはほぼオリジナルでキャラクターを考えているという。

しかし、そのオリジナルがよいのである。
司馬遼太郎の歴史小説に胸が熱くなるのと一緒だ。

漫画で大事なのは事実かフィクションかではなく、胸にグッとくるものがあるかどうかだと僕は思う。
そしてキングダムは間違いなく、強く強く僕の胸を打ったのである。

2006年にキングダム第一巻が発売され、現在に至るまで10年の時が経った。
この傑作が歩んできた10年を、僕は5日間で堪能したことになる。



kindleの漫画は地味に高い。500円もする。これは僕の昼飯代に相当する。
何も考えずに購入すると、ただでさえ困窮しているのに金がなくなるのはわかっていた。

それでも。止まらなかったのである。
やめられなかった。

43巻分。21,500円。一か月半分の昼飯代を使い込む価値がそこにはあった。
白米で耐えしのぐ日々が続いてもいい。そこにキングダムがあるなら。
今一度、学生みたいな食生活に戻っても構わない。いまキングダムが読めるなら。

本気でそう思った。

キングダムがあるときは、苦痛だった通勤電車の時間を忘れ、電車を何度も降り損ねた。

43巻まで一気に読んでしまった後、もう二度とこの傑作を駆け抜けるように読むことはできないのか、と悲しくなった。
失恋した後みたいに、心にぽっかり穴があいたような気持ちになった。

そんな恋焦れる童貞のような気持ちにさせられた傑作を10年間も読んでこなかったのは、単純に絵が苦手だと思っていたからである。

キングダムの作者である原泰久先生は、あの井上雄彦先生のアシスタントを務めていた方だ。
万人受けする井上先生の絵と違い、キングダムの絵は若干人を選ぶ傾向がある。

世界に入り込んでしまえばのめり込むものの、入り込むまでのハードルが少し高いのだ。

作中に「そこを超えなければ秦国を攻められない」とされている『函谷関』という城壁があるのだが、
最初の関門を超えるのが難しいという点で、キングダムの世界に入り込めない読者に似ているかもしれない。

キングダムは、16巻までが一つの山だと思う。
16巻の王騎将軍の戦いを読むところまでいけば、函谷関越え間違いなし。
キングダムの世界にどっぷりハマってしまうだろう。

王騎将軍の生き様を目に焼き付けてほしい。
天下の大将軍の生き様に僕は心を震わせた。

原先生はカッコいい男の生き様を描くのが抜群に上手なのである。



* * *


キングダムを読んで、将軍の在り方について考えた。

戦を動かすのは将軍だが、実際に闘うのは「人」である。

人はプログラムなどとは違い、感情を持つ生き物だ。
そして、人のパフォーマンスは感情によって大きく左右される。

天下の大将軍というのは、その場にいるだけで兵士たちを鼓舞する。
大将軍によって奮起した兵士は、限界を超えて闘い、成果をあげるのである。

「士気」というのは戦果に大きく関わってくるのだ。
戦略だけでは勝てない。
実際に動く「人間」をやる気にさせることが大切なのである。


ひるがえって、会社組織というものを考えてみた。

会社ではみんな真面目に職務をこなしている。
生産性を高めるよう組織として活動を続け、業務を改善し、品質の高いアウトプットを出そうと努力している。


が、どうしてだろう。

戦に向かう兵士のような士気の高さは感じられないのである。
淡々と、目標を達成し、淡々と業務をこなしている(それはそれで、素晴らしいことだ)

会社組織は顧客にとって価値あるサービスを生み出す仕組みになっているが、そこで働く個人を強くモチベートするようにはできていない。
逆に言うと、ひとりひとりの士気を大きく高めることができれば、より大きな成果をあげる組織を作り上げることができるはずだ。

「人」に焦点を当てるのは、スマートな効率化とは言えないかもしれない。
でも、人のやる気を引き出し、士気を高める工夫の余地は多く残っているように思う。

それは効率化の仕組みを考えていくことと同じくらい、大切なことだ。


* * *


プロジェクトを管理する「プロジェクトマネージャー」という役割を担う人がいる。
彼らは進捗を管理し、リソースを調整し、プロジェクトの状況を顧客や上長に報告する。

その仕事はさながら、戦局を眺める将軍のようだ。
ただ、そのプロジェクトマネージャーの中には、仕事を進めているのは「人」だということがわかってない人もいる。

「人」とは進捗を報告する機械にあらず。
感情によって動く生き物なのである。

士気を高め、やる気を引き出すように「人」と向き合える人間こそが、優秀な将となるのだ。
自分の能力が高いと思い込み、自信のある人間に限って、肝心なことが見えていない。

人は、心で動くのである。


* * *


キングダムは秦の始皇帝の話だ。


周りの国々が結託して秦を滅ぼそうと攻めてきたことがあった。

最後の砦とも言える「賽」という都市に敵が迫ってきた。
名のある武将は皆、函谷関という国門を守っている。
残っているのは兵士ではなく、一般市民ばかりだった。

そんな絶体絶命のピンチの中、秦の国王"政"は自ら指揮を取り、人々を鼓舞したのである。


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市民は涙を流して歓喜し、敵の名将・李牧を驚愕させるほどの兵士と化したのであった。


僕はこのシーンを読んだとき、涙が止まらなかった。
「泣きながら一気に読みました」と帯に書いて原先生に送りたいくらいだった。


王。

王とは、会社で言うと社長である。
アメリカで言うと、大統領だ。

王の器こそが、組織の器なのである。


繰り返しになるが、人は感情で動く。
そして、感情は「言葉」によって動かされるものだ。


秦王"政"の言葉に心を動かされ、言葉が持つ大いなる可能性を考えずにはいられなかった。

声に心を乗せ、民に言葉を届ける。

耳から言葉を受け取り、人々は鼓舞され、動くのである。
言葉の力を甘く見てはいけない。

いつの時代も、「人をその気にさせる」というのは、人の上に立つ者にとって、最も重要な能力なのである。


キングダム 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

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