俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

体力の衰えは遊び人の終わりの始まり。

僕の月曜日は後悔から始まった。

僕はクラブに遊びに行くと、必ず風邪を引く。
土曜の夜に友達に呼ばれて六本木で飲み、そのままクラブに流れ込んで朝まで踊った。

翌日。日曜日の昼には鼻の奥に違和感を感じ、月曜日の朝に軽く熱が出た。

クラブに限らず、夜中まで飲んだ次の日はだいたい風邪を引くか、風邪を引かなくても生産性が著しく落ちてしまう。
こんなに体力がなくなったのはいつからだろう?

大学の頃は週に3回合コンし、2時まで酒を一気飲みし、3時からみんなでラーメンを食いに行った。
それでも次の日起きて部活に出て、友達と遊びに行っても風邪なんて引かなかったのだ。

それなのに、今ではちょっと無理すると翌日すぐにガタがくる。
気持ちはいつまでも20代前半のままなのに、身体はなんて正直なんだろう。

30代。
僕もそうだし、他の人もきっと同じだと思うけど、30代前半っていうのは、精神と身体の乖離が一番大きい時期だと思う。

気持ちはまだ大学生と変わらないつもりなのに、身体は確実にオッサンになってきてる。
オッサンが俺を蝕んでる。

しかも困ったことに、オッサン化してるのは外見というよりもむしろ、身体の内側。
内蔵とかメンタルが確実にオッサンになってきているのだ。

身体はオッサン、頭脳は子供って。
ダメなコナンか。


たくさん遊んだ。
たくさん飲んだ。
色んな女の子を口説いて、普通の人よりもちょっとだけ女遊びも多かった。

でもそんな遊び人としてのキャリアは「加齢」という現実によって、半ば強制的に幕引きを迎えようとしている。

もう好き放題遊んで、翌日に何の影響もなく活動できるほど、僕は若くはないのだ。
そして、無限に時間があるように感じたあの頃のような奔放さはもう持ち合わせてはいない。

限りあるプライベートの時間を有効に使いたいし、目的のない夜遊び女遊びは、その時間だけではなく翌日の生産性を著しく落としてしまう。

体力の衰えは、遊び人の終わりの始まりだったのである。


* * *


大学の頃の遊び方を思い出して、あの頃はすげえ楽しかったな、自由だったな、と思うことがある。
夜中から突然カラオケに行って、歌って飲んで、グダグダに酔い潰れ、友達の家に転がり込んで、床で寝た。

あの時からまだ10年も経ってないのに、今ではあんな無茶な飲み方は絶対にできない。
と同時に、社会人になってからの変化ってのは大きいんだなあと痛感する。

仕事が暇な時期に、あの頃が無性に懐かしくなることがある。

昔みたいな飲み方、年に一回くらいやってみたいな、とか。
でも、そんな飲み方する仲間はもういねえな、とか。

そんな風に悶々と昔を振り返りつつ改めて思うのは、30代前半はきっと、遊び方を変える時期なんだな、ということ。

気持ちはどうであれ、身体は確実にオッサンになり、回復力が落ちて、仕事の責任は重くなる。
しっかり休息を取って、翌日の生産性を維持するのは、社会人の責務のようなものだ。
(つまらない大人になってしまったのだろうか?)

酩酊を楽しむのではなく、場の雰囲気と会話を楽しむように。
節度を持ってお酒を飲むように、遊び方を変えていかなければならない。
明日を考えないあの頃の飲み方に後ろ髪を引かれつつも、もう引かれた後ろ髪は抜け落ちてしまうような年齢になってしまったことを自覚しなければいけない。

僕の遊び人としてのキャリアは体力の衰えをもって、終焉を迎えたのだ。