俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

インスタストーリーはおじさんの踏み絵


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「インスタストーリー」なるものが流行っているらしい。

20代前半の女の子と食事に行ったときのこと。

食事が出てきたときに、その子が奇妙なカメラアプリを立ち上げていた。
カメラはカメラでも、色々な機能がついているようだ。

食事の写真をパシャリと撮ったあと、「お肉~」のような文字を入力していた。

ふむふむ。

写真にメモを書いて保存するんだな、と思って見ていたら、なんと!その写真をインスタグラムにアップしたのである。

インスタグラム

というと、普通に写真を載せて、ツイッターのようなタイムラインで写真を共有するものだと思っていた。

が、その認識は古い。

今の若い子は一日の「ストーリー」をアップするのである。

これには衝撃を受けた。

「インスタストーリー」にアップされた写真は24時間で消えるらしい。
だが、アプリ上部に表示される「ストーリー」にはたくさんの人達の「日常の一コマ」で溢れていた。

どんな友達と、どんな時間を過ごしているか。

そんなストーリーがインスタ上に綴られていることに衝撃を受けた。
今の若い子たちは、インスタストーリーで日常を共有しているのだ。

ゆっくりと手を左右に振ると、それがビロビロビロ!と高速再生されたり、
目が巨大になってアバター化するような謎の機能が満載で、そんな謎機能を駆使した若者たちがインスタストーリーを作っていく。


翻って、自分を見てみよう。
昔作ったインスタグラムのアカウントは、ラーメンの写真を一度アップしたきり放置されたままで、先日の若者が見せてくれたような華やかなタイムラインが存在した記憶はない。
今ではパスワードすらわからない。

そんなギャップを肌で感じて、痛感した。

これがおじさんになることか、と。

おじさんは流行と隔絶した社会を生きている。
日経新聞に載っているような経済情報には詳しいが、若者の流行に触れる機会が極端に少ない。

小さな子供がいる友達は「幼稚園ではドラゴンボールが流行っている」などの情報に詳しいが、ちょうど今の10代後半から20代前半のリアルが死角になって全然見えないのである。

流行っている曲もわからない。
流行っているアプリもわからない。

とはいえ、巷でよく言われるように、おじさんが流行に無関心なわけではない。おじさんだって本心では流行を感じたい。
流行に乗りたい。
それでもなぜかズレてきてしまうのは、おじさんが流行の中心から外れた場所で生きているためである。

おじさんの周りにはおじさんしかいないから、当然若者のライフスタイルが見えてこない。
若者のライフスタイルが見えないと、若者が求めるサービスを開発することも難しいだろう。

30代前半の今はまだ、多少は若者の気持ちも理解できているつもりだ。
しかし、このまま何もせずに10年経ってしまうと、若者とは分かり合えないズレたおっさんになってしまうのではないか、という危惧を感じている。

先ほど偶然、月曜から夜ふかしの録画を見ていたら、流行りのアプリの特集をやっていた。

  • SNOW
  • 喫煙マップ
  • Faceapp
  • ナスカレ

などが流行っているらしいが、どれも使ったことがなかった。
そして、こういう流行を「知識」として取り入れるあたり、やはりオジサンなのである。
知識よりも体験がなければ魂はこもらない。

「時代に遅れない唯一の方法は、時代を作ることだ」

などと意識の高い人は言うけれど、時代を作るのは当然難しい。

心のおじさん化を防ぐためには、普段から所属している組織の外で人間関係を作り、年代問わず交流していく必要があると感じた。
そのためには、自分自身も、若者にとって交流する価値のある人間にならなければいけないだろう。