俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

男女の営みにおいて、男の立場はクソほどに弱い




伊藤直也さんという有名エンジニアの男女の営みがネットで話題になっていた。

当事者同士の問題なので詳細には触れないが、女性が「あらまし」をネットで暴露したのが発端のようだ。

この記事で書きたいのは不倫の是非とか、伊藤直也さんの情事の真偽についてではない。

無論、不倫は悪だ。

当事者同士の問題とはいえ、不倫は社会的には許されない行為なのである。

そう、これ。

今日は「社会的に許されない」について考えたいのだ。

僕は結婚していないので不倫についてはよくわからないが、大学時代から女関係でたくさん失敗をしてきた。痛い目にもあったし、人を傷つけたこともある。死にたくなったこともある、というのは少し大袈裟だけど。

これまでの多くの失敗から学んだことは

「セックスしたのに付き合わない男」

は絶対に許されないということである。

セックスして、女が男を嫌になって離れていくのはなんの問題ない。
ちんこが小さい男には二度と会いたくないだろう。
僕はそれでいつも失敗してきた。
だって、しょうがないじゃないか。立たないんだから。


が、セックスして、女が男を好きになって、それで付き合わなかったら大問題になるのだ。

とにかくボコボコにされる。女からも男からもボコられる。

あいつは最低だ。
人の気持ちを弄ぶカスだ、と。


女子からデートに誘おうが、家に押しかけてこようが、

「セックスしてしまったら男が責任を取る」

というのは社会のコンセンサスなのだ。

この社会のコンセンサスは意外と厄介で、守らなかった者は当事者の事情などおかまいなしに殴られる。

「社会のコンセンサスで殴る」というのは破壊力が実に大きい。

カウンターの余地なく殴られる。しかも集団でフルボッコにされる。

社会というのは敵に回すと恐ろしいものなのだ。
常識を外れるときは、よくよく注意しなければならない。

さて、僕は大学時代の失敗から学んだ。

正確に言うと、「教訓は得たが、実践はできていない」というのが現実だが、少しくらい成長したはずだ。

そう、僕は学んだんだ。

相手に気持ちが入っているときは、どんなに胸熱な状況でも決して手を出してはならないと。

「相手の気持ちを弄ぶ」という結果になることはするべきではないのだと。

男は歯を食いしばって、ちんこを殴り、下心を抑えこまなければならない。

思わせぶりなことは一切封印。

ダチョウ倶楽部よろしく、
「いいんだな!?好きになるなよ!?絶対に好きになるなよ!?」
くらいのノリで優勝に至るならまだいいかもしれないが、難しいだろうね。

ここまで強調してきたように「セックスして心を奪う男」は基本許されないのだが、ここにはちょっとした抜け道がある。

「実コミュニティと疎遠な人を口説く」

という抜け道だ。

具体的には、ストリートナンパや街コン、クラブやバーなど、自分の生活圏と別の場所の人間を口説くということだ。

この抜け道はなかなか強力だ。

というのも、ヤッて逃げるような男が現れたとしても、制裁を加えることができないのである。

なにせコミュニティが違うから、殴りたくても拳が届かない状態となる。

振り上げた拳のおろしどころがないのだ。

今回の伊藤直也さんの相手は(ネットの情報が事実ならば)女子大生だったようだ。

まさに抜け道の関係である。

カリスマエンジニアである伊藤直也さんは、不倫をハックしたのだ。

しかし、全てのハメ技には「返し技」が存在するように、この抜け道を塞ぐ返し技が存在する。

それがインターネットだ。

相手が有名であればあるほど、インターネットを使った制裁は強力になる。
知名度はバネ。強ければ強いほど、反動も大きい。

インターネットに情事を暴露することで、コミュニティの外からの攻撃が可能となるのだ。
刃牙風に言うと、意識の外からの攻撃だ。

インターネット上に存在する無数の見えざる手に殴られる。
これは辛い。

もちろん当事者の問題をインターネットに晒して、不特定多数の非難を浴びせる報復行為は決して褒められたことではない。というか、自分がやられたら死ぬ。

とはいえ、やはり叩かれるということは、社会のコンセンサスを破っていたということなのだ。
男にも原因あってのことなのである。

世の中には三種類の男がいる。

ちんぽの騎士と、ちんぽの奴隷と、ちんぽの主人だ。

ちんぽの奴隷になってしまったら、理性がちんぽに支配されて、性欲に振り回されてしまう。
確固たる意志をもって、ちんぽを支配し、理性でコントロールしなければならない。

人生はいつも、ちんぽと理性のせめぎ合いだ。
ちんぽと理性のシーソーゲームだ。

「喰らいたいときに喰らえ!」的な、範馬勇次郎の生き方ができない以上、ちんぽとの折り合いが大切だ。

僕はいまも、ちんぽとの戦争を続けている。
今はなんとか持ちこたえているが、いつか敗れるときが来るかもしれない。

願わくば、ちんぽの戦争に破れたときも、前向きに倒れたいものだ。

なんでこんな奴に...と思うような、カッコ悪い負け方はせずに、いっそ上戸彩と夕顔して死にたい。