俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

ハロウィンブームが終わったのではなく、自分の環境が変わっただけだった。




職場の仲間と話しても、普段の友人と話しても、今年はハロウィンの話題が一度たりとも出てこなかった。

渋谷のスクランブル交差点を埋め尽くしていたハロウィンブームはついに去り、10月末の渋谷に束の間の平和が訪れたのかと思った。

リア充達のほとばしる性欲も二週連続の台風には勝てなかったのだと。
心が折れてしまったのだと。

そう思ってツイッターで「渋谷 ハロウィン」と検索してみると、何かがおかしい。
リア充達は雨ニモマケズ、風ニモマケズ、ハロウィンを楽しんでいたのだ。







こ、これはなんだ...?


たまごっちやミニ四駆、あるいはポケモンGOのように、ハロウィンのブームも過ぎ去ったはずなのに、これは一体どこの世界の写真なんだ?

隠しきれない動揺をよそに、一昨年の自分を振り返った。

一昨年は六本木に住んでいる友達がいて、僕もストリートナンパをしたり、夜な夜なクラブに行ったり、割と好き放題遊んでいた。

ハロウィンの前はLINEグループが盛り上がり、

「ハロウィン当日は六本木に行こうか、渋谷に行こうか」

なんて話をしていた記憶がある。
楽しかった。いつもワクワクしていた。何か面白いことが起こらないかとソワソワしながら週末を過ごしていたし、実際何かが起こっていた。

そんな華やかなLINEグループはもう、僕のスマホに残っていない。
六本木に住んでいた友達も引っ越してしまった。


そうか。


世の中が変わったんじゃなくて、僕の環境が変わったんだ。

少し寂しいけど、夜遊びできる歳じゃなくなってしまったんだ。だから情報が入ってこないのか。

「砂漠」という小説にこんなセリフがある。

「過去を懐かしがるのは構わないが、あの時は良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」

大学を卒業する学生に向けて、校長先生(学長?)が送った言葉だ。

今が一番楽しい人生は理想だ。
それでも、人生は自分のステージに応じて、楽しいことを我慢しなければならないときもある。

毎週のようにストリートナンパやクラブ遊び、女の子と遊んでいた頃は楽しかった。
給料が入るたびに湯水のように金を使い、

山王戦で

「俺は今なんだよ」

と言った桜木花道のように、今その瞬間の性欲に全身全霊を捧げ、デートの予定を入れた。

楽しかった。

その一方で、仕事も身体もボロボロだった。

慢性的な寝不足で集中力は散漫。
仕事を早く切り上げてデートに行くために、朝早くから出社した。キツかった。

自己研鑽の時間がほとんど取れなかったため、やりたかった勉強も進まず、スキルの向上が止まった。

「遊びと仕事をうまく切り替えればいい」

なんてよく言われるが、遊びながら仕事の集中力を高めていくのは僕には困難であった。

仕事の集中力を高い状態で維持するためには、プライベートの時間も仕事に関係のある過ごし方をした方がいい。
というのも、遊びで一旦仕事への集中が切れると、もう一度仕事モードに入るまでに時間がかかるからだ。

毎週遊びの予定が入るもんだからいつも浮ついた気分で、仕事モードにうまく切り替えることができず、常にローギアで車を運転しているような気分だった。

さらに、元々酒に強くないくせにアルコールの摂取頻度が多かったため、毎夜睡眠が浅く、脳に霧がかかったような気分で過ごしていた。

疲れ切った顔で女の尻を追いかけ街を徘徊する姿は、女体を求めて現世を彷徨うゾンビのようだった。

「何かを得るためには何かを失わなければならない」とよく言われるように、遊びながら仕事もバッチリこなしていくには、僕には元々のスペックが足りなすぎたようだ。残念だ。

1年半ほど前から遊び歩く生活をやめ、ナンパ依存症のようなものはなくなった。
すると、仕事が以前よりも楽しくなってきた。

中断していた勉強も再開できた。

やっぱり、情けないけど、遊びと仕事と勉強を全部をこなすことは難しかったのかな、と思う。



今はもう周りの友達も落ち着いて、遊びに行く友達も減った。
もちろん女遊びなんて、やろうと思えば一人でもできるとは思うけど、あの頃の自分のようにスキルアップに費やす時間を潰してまで遊びにコミットする元気はない。


「過去を振り返ってあの頃はよかったなと思うような、そんな人生は送るなよ」

というセリフが、胸に響く。
もう一回くらいまた遊びたいなと思ってしまうのは、今を楽しみきれていないからなのだろうか。

前だけを向いて生きていくのは難しいよ、校長先生。
なんて考えながら、後ろ髪を引かれる思いでツイッターのタイムラインを眺めている。