俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

僕らがいた。あの頃の渋谷に。




社会人になりたての頃、僕にとっては東京の全てが新鮮で、街がキラキラと輝いて見えた。

駅に向かって早足で歩くサラリーマンを見て、東京の人はなんでこんなに急いで歩いているんだろうと思った。
人の波に飲まれて出ることができず、なんだか息苦しいけど、東京を歩いてるって気がして楽しかった。

生まれて初めて、夜の六本木に誘われた。
「エーライフ」というクラブに連れて行ってくれるらしい。
六本木の駅に出たものの、何がどこにあるのかもわからない。街のネオンが妖しく光る。

当時はまだ流行ってなかったiPhone3Gで地図を開き、現在地を確認する。
GPSの精度が悪く、結局スマホで場所を調べるのは諦め、自分がどこにいるのかもわからないまま夜の六本木を歩いた。

ちょっと坂を下ると、ものすごい行列が見えて、

「おいおい、東京のクラブはすげえなぁ」

と友達と話したことを思い出す。

「クラブに入るのに、こんなに並ぶのかよ」

桜が散ったばかりのまだ少し肌寒い六本木の夜を、薄着のギャルが歩いていた。

「東京人は寒さを感じないのか?」

ギャルの尻を目で追いながら、友人に話しかけた。
耳と口は友人に向けていても、目はギャルから離せない。


おっぱいでけえ...


六本木の夜は、楽しかった。


あの頃のエーライフは、今の六本木のクラブからは想像もできないくらい盛り上がっていて、ロックフェスかっつーくらいのギュウギュウ詰めの空間で、半ばパニックになりながら、振り返ると知らない男女が抱き合っていて、クラブってなんてすごいところなんだろうと思った。

夜中にクラブを出て、たしかバニティというクラブがあったビルの漫画喫茶で寝て、始発で帰った。
化粧が落ちたボロボロの顔で、始発の電車を待っているギャルがいた。

シンデレラの魔法が12時に解けるように、美しいギャルの魔法は6時の始発で解けてしまうんだろうな、なんて考えながら、クソ眠い始発電車の中で眠った。


「おい、合コンに行こうぜ」

と誘われて、初めて渋谷に行った。

実物のハチ公は想像よりもずっと地味で、そして思っていたよりもずっと人が多かった。

スクランブル交差点と、センター街。

日本に住んでたら誰でも知ってる、俺にとっての憧れの場所だった。

そう、合コンに参加するつもりで渋谷に行ったら、同じように合コンに向かう別の友達に会った。
20代半ばまでは、金曜の夜や土曜の夜に渋谷に行くと、必ずどこかに友達がいた。

必ず誰かが飲んでいた。楽しそうに、女の尻を追いかけて。

一晩中カラオケで歌い、どこに何があるかもわからないまま謎のダーツバーに迷い込み、会計は2万円也。

東京で夜を明かすのはこんなにも金がかかるのかと絶望しつつ、実家から送られてきた白米を食って飢えを凌いだ。


あの頃遊んでいた友達はもう、渋谷にはいない。


「おめでとう。もう前みたいには遊べねぇなぁ」

なんて言いながら、安い居酒屋でビールを奢った。

「まだまだ。俺は遊ぶ気満々だよ」

夜遊び仲間が笑いながら答えた。

「嘘つけ。結婚おめでとう」

一晩中飲み明かす、なんてことをする友達もいなくなった。
毎週呼ばれていた合コンは、いつの間にか誰も開催しなくなり、フェイスブックには子供の写真が並ぶ。

おいおい、ちょっと前まで、六本木のクラブでみんなで写真撮ってたじゃねえか。
渋谷のカラオケで吐くまで飲んで、踊り狂ってたじゃねえか。

ほんの5年前の話なのに、もうずっと昔みたいに感じるよ。


サッカーもバスケもやめて、ゴルフを始める人が増えた。
みんなでフットサルやってた頃が懐かしいね。
またキャンプしたいね。

なんて考えながら、戻ることのない20代を振り返る。
思い出の中の東京が、なんだか輝いて見えた。