ブログを毎日更新することに集中したら「ツイート力」が落ちた話



ツイッター芸人の道は険しく厳しい。


雨の日も風の日も

病めるときも健やかなる時も、

片時も心離すことなくタイムラインに寄り添わなければならない。


4月に”ほぼ毎日”ブログを更新しようと決意して一ヶ月経った。

文章を書くことには少しずつ慣れてきたが、それと引き換えに失った能力がある。



ツイート力である。



ツイッターは鮮度が命だ。


TOKIO山口達也が書類送検された話で持ち切りになったと思いきや、3日も経つとGWが楽しみすぎて、みんな山口を忘れていた。

4月は山口メンバー事件以外にも、梅木さんのバッグの格付けや、ZOZOSUITS、セクハラ問題などたくさんのネタが転がっていたが、その全てに乗り遅れてしまった。


限りあるリソースを、ブログに注ぎ込んでしまっていたからである。



平安時代。

時の権力者であった藤原道長は、池に映る月を見て、こんな句を詠んだという。


「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」



ことツイッターに関しては、僕にもたしかにこんな時期があったと思う。


タイムラインからバズりそうなネタを汲み取り、レトリックを効かせ、ヒットを生み出す...。


池に映る満月のように、「バズるツイート」がタイムライン上に輝いて見えた時期があったのだ。


今の俺にはもう...光が見えねぇ。


毎日ブログに長文を投稿すると、「モノを書く体力」をかなり消耗してしまい、

ちょっと油断すると、


「今日もお仕事疲れたでござる」


みたいな、誰にとってもどうでもいいツイートを投げ込んでしまいそうになる。


芸人失格である。


ツイッター芸人にとって一番大切なのは、暇であることだ。

片時も離さずタイムラインをチェックし、ネタを練り、140文字に魂を込めて、投稿する。

そしてスベったら消す。

歴史をなかったことにできるのが、ツイッターの素晴らしいところだ。


可愛い子を見つけたら自撮りが消える前にリツイートして、皆さまのタイムラインにお届けする。


無論そこに下心などはなく、


やっと見つけた宝物をみんなにもシェアしよう


という純粋な慈愛の心があるのみであった。




それが今ではもう...。

スベったツイートを消す気力もない。

タイムライン嬢の可愛い女の子を追いかける体力も失った。


「驕れる者は久しからず ただ春の夜の夢の如し」


栄華を誇った平家が没落する様子を描いた句である。

ツイッター芸人界から追放された僕にも当てはまるだろう。


ツイッター芸人を続けるためには、絶え間ない努力が必要なのだ。

廃人のようにタイムラインを確認し、四六時中ツイートを練る。

その情熱を支えているのはもちろん......。


ツイッターへの愛である。



ツイッター芸人には2種類のタイプがいる。


天才型と、計画型だ。


天才型はすごい。


人生そのものがネタで溢れていて、日常をツイートするだけでみんなの心を打つ。


ツイッターで言うと、「さみしい奥さん」のような人である。



何気なく書いたツイートが全て面白いのが天才型の特徴だ。

おそらくどのツイートも、その場で思いついたことをパッと書いて、サッと投稿しているに違いない。


天才型は、ツイートに時間を掛けないのが特徴だ。


計画型のツイッター芸人は別である。

時流を読み、空気を読み、ネタを探し、ここぞというタイミングで推敲したツイートを投稿する。

的に狙いを定めたゴルゴ13のようにツイートを発射するのだ。

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天才型は狙わない。

だから時々炎上するし、時々叩かれる。


天才は自分がなぜ叩かれるのかわからない。

ありのままを生きる雪の女王のようにツイートし、ヒットを生み、たまに誰かを怒らせる。

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僕はどう頑張っても、天才型にはなれなかった。

彼ら彼女らの才能が羨ましく思ったことも何度もある。


ツイッターに限らずブログでも同じだ。


天才はすごい。

何を書いても皆の心に響くネタを届けられるような人は、人生そのものが光り輝いているのだ。


天才になれない人間は、日々努力を積み重ねるしか無い。

追放された芸人界にカムバックするためにも、まずは「モノを書く基礎体力」を身に付けなければならない。


まずはブログ更新の負荷を「当たり前のこと」にして余裕を生み出してから、僕は再びツイッター芸人の道を目指そうと思う。