日大アメフト部の危険タックル問題が起こるまで、「体育会的な考え方」を疑問に思ったことはなかったんだ



中学のときに初めて「部活動」に参加してからずっと、当たり前のように体育会の文化に染まってきた。

中学1年生の4月。

先生が体育館に登場したときに



「ちゅーす!」



と挨拶したらぶん殴られた。


「ざけんなよてめぇ」


とグーで殴られ、僕は泣いた。


お母さんにも殴られたことがなかったのに...



スラムダンクで


「ちゅーす」


って挨拶してたのに...


「部活」ってめちゃくちゃ怖いところなんだな、と子供ながらに思った。


中学1年の夏。

初めて練習試合に出場した日のことは忘れない。


先生に名前を呼んでもらって、「ビブス」と呼ばれるユニフォームの出来損ないみたいな服を渡された。


緊張で頭が真っ白になって、ちょっとしか走ってないのに息が切れて、でも初めてシュートを決めたときに、ベンチから先生が


「よくやった」


って。


あれは本当に嬉しかったなあ。


たくさん怒られたし、怪我もしたし、喧嘩もした。

青春の3分の2は部活に注ぎ込んできたと思う。


自分にとって、部活がある生活は当たり前のことだった。

当たり前に体育館に行って、当たり前に更衣室で着替えて、当たり前にクタクタになって帰った。



高校に入って最初の2ヶ月は


「1年生だから」


という謎の理由で練習に参加させてもらえず、外を走らされてばかりいた。


この辺は「体育会系」の理不尽さが出ているところでもあるだろう。


一方で、これは「体育会系」の良いところでもあるんだけど、実力さえ証明すれば学年に関係なく発言力を持てる。


実力さえあれば、理不尽は跳ね返すことができるのだ。


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その点でいうと、会社の方がよっぽど理不尽なんじゃないか。


部活と違って「会社での実力」はとても曖昧で、「貢献している人」よりも「偉そうな人」が評価されがちだ。


プロジェクトにあまり貢献していないけど「偉そうな人」が周りを詰め散らかす場面を目にするたびに、すごく理不尽だなぁと思うのだ。


* * *


大学の部活では「新歓」なる儀式が行われた。

まだ肌寒い4月のことである。


外で「ビッグマン」と呼ばれる酒のような毒を持たされ、自己紹介をさせられた。


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自己紹介をしながら、ビッグマンを一気飲みするのである。


振り返っても、人生であれ以上にまずい酒を飲んだことは一度もない。


とんでもなくまずい酒だった。


なのにだ。


涙目になりながら一気飲みをすると、すかさず何者かが



「一気があれば二気がある〜」



と叫び、なぜか二杯目の毒を飲まされるのだ。


ねえよ。二気なんか。


僕はいつの間にか気を失っていて、気付いたら星空が見えた。


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ぐえええ...


身体が動かない。

涙だけが出てくる。


苦しい苦しい苦しい...


魂を無にして、星を眺めた。


美しい星空だった。


死んだじいちゃんが夜空で笑って、手招きしているように見えた。



体育会は理不尽だ。


酒を飲ませて、放置するなんて。


練習はサボれないし、休みの日は潰れるし、理不尽なことはたくさんあった。


あの頃の経験が今の仕事に活きているかといえば全然役に立ってないし、

部活なんてやらないで数学の勉強をしていれば、もう少しいい大学に入れたかもしれない。



それでも、もし生まれ変わって中学からやり直せるとしたら、もう一度部活をやりたいなと思う。


試合に勝って泣いたのも、今でも連絡を取れる仲間ができたのも、部活をやってたからだ。


ブサイクな自分に彼女ができたのも、部活で圧倒的に活躍していたからだし、

全然勉強ができなかった僕にとって、部活は自尊心を支えてくれるものでもあった。


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いま、日大のアメフト部の事件で、「体育会」に対する世間の目が厳しくなっている。

細かく事件を追ってはいないのだが、改めて「体育会」の文化について考えるきっかけにはなった。


理不尽な指示、反論を許さぬ軍隊的な空気、コーチの保身のために選手が犠牲になる風潮。

ニュースを追う限りでは、日大コーチ陣の対応は許しがたい。


すべてが腐っている。


しかし、このような腐敗の根本にあるのは「体育会系の文化」に限らないと思うのだ。


東芝の粉飾決算のときも、「上に掲げられた理不尽な目標」に逆らうことができず、不正に手を染めたとどこかで読んだことがある。


これらは、


「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する」


という格言の通りなのではないだろうか。


批判されない権力は必ず腐敗する。


「軍隊的な空気」は「体育会」に共通した特徴ではあるが、チームを強くするためにはある程度の規律は必要だ。

そして「チームを強くするための規律」と「権力者の腐敗」は別の問題なのだ。


理不尽がまかり通る「体育会系の文化」は変わるべき時期を迎えたのかもしれない。

同様に


「同じ人間がずっと権力を持つと、100%調子に乗る」


という普遍の真理にも目を向けて、組織の構造にもテコを入れないと、また同じような悲劇が繰り返されるだろう。