『狭小邸宅』で描かれる不動産営業の描写がやばすぎた



『狭小邸宅』はすごい小説だった。

以下はその凄まじい描写の一部である。


* * *


「申し訳ございませんでしたじゃなくて売りますだろ。売る気あんのかよ、てめぇはよ」

武田さんは俯いたままだった。

「あります」

斉藤課長の武田さんへのいびりは、このところ毎日つづけられている。

フロアにいる誰もが余計な火の粉が降りかからぬよう黙していた。
それは武田さんに向けられた矛先がいつ自分のところに来るかもしれないという危惧だけでなく、対象が誰であれ、嵐が過ぎ去るのをひたすら耐えることこそが、波風立てることなく事態を収束させる、一番の近道なのだという経験に拠っているようだった。

「あったらとっくに売れてんだろ。売る気ねぇならさっさと辞めろ、もうお前なんかいらねぇんだから」

吐き捨てるように言って、斉藤課長は書類に目を落とした。

フロアの淀んだ空気が、重く張りつめたものに変わった。

「おい、中田」


.........



* * *


小説の随所で鬼のごとく部下を詰めまくる上司の様子が描かれている。

僕自身もパワハラ系の上司と一緒に働いた時期があるが、ここまでひどい経験はない。

僕が見たのはネチネチと論理的に嫌らしく人間性を否定するタイプの人間で、机を殴ったりする椅子を蹴ったりする社会人は今まで一度も見たことがない。


最初は橘玲先生が勧めるなら、と気軽に読んだものの、途中から本をめくる手が止まらなくなった。

恐ろしい小説だった。


物語の後半の方で主人公が覚醒し、客をどんどん「洗脳」していく様子が描かれるのだが、覚醒以前の「詰められる」描写がリアルすぎて震えた。


新聞を投げられるだけではない。

机を蹴られたり、飛び蹴りを喰らわされたり、「辞めねぇのかてめぇはよ」と詰められたり。


「これは本当に日本の話か...?」

と疑問を抱くレベルであった。

いやいや、小説の話でしょ?

本当はこんなのありえないでしょ?

と思いたかったが、いや待てよ。


どこかでこんな話聞いたことあるぞ...と。


サウザーラジオだ!!


「あっ、これ、進研ゼミで見たやつだ!」

と叫びたい気分だった。


こんな身近に、恐怖のパワハラをリアルで経験した人がいたのだ。

サウザーさんは金融系の営業をやっていたそうだが、そのときのパワハラの様子はVoicyで生々しく語られている。


聞いていて胸が痛くなる話だ。

めちゃくちゃおもしろいので、この記事を読むのを途中でやめてでも聞いてほしい。

第四十九話 聴くだけで勤め人が嫌いになるラジオ その1

「進捗が思わしくないとものすごいパワハラが始まった」

夜20時から説教部屋に連れ込まれて、お前の予算はどうなってんだと延々と詰められる」

「夜22時に営業所に戻ったら、いい年した先輩が泣いていた。ボロボロと。上司が鬼のような形相で睨みつけていた」

「突然、怒っている上司が椅子を投げ始めた



文章にして読むと、どう考えても頭がおかしい。

しかし、普通の人でも「それが当たり前」の環境に身を置くと、「おかしい」という感覚が麻痺して、どんどん自分自身もおかしくなっていってしまうのだ(サウザーさんは特殊だったといえるだろう)

人間には良くも悪くも、環境に適応する能力が備わっているからである。

不動産営業マンの洗脳とは

小説では「いかにして不動産営業マンが顧客をカモにするか」の手法が描かれている。

主人公は最初は数字が取れず、「辞めろ辞めろ」のパワハラに苦しんでいた。

しかし「蒲田の問題物件」を売ったことで周囲の評価が激変。


結果を残せば周りの見る目が変わるのだ。


課長が直々に目をかけるようになり、顧客の心理を揺さぶり

「いかにして家を売るか」

に徹するようになる。


これ、どこかで見た話だなと思ったら、小説『ぼくは愛を証明しようと思う』で恋愛工学を学んだ主人公の様子と同じだった。

「目的を適える技術」と引き換えに心を失っていく様子は両者に共通している。

『狭小邸宅』は家を売って金をもらう話で、『ぼく愛』は魅力を売って女のハートを奪う話だ。

主人公は良心と期待される結果の狭間で揺れ、人の心を失っていく。

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)


家を売る手法はどのようなものか。

家の購入を考えているお客さんの予算を踏まえた上で、初めは「まわし」の物件を紹介する。

「まわし物件」とは、別名「おとり物件」ともいい、本当に売りたい「本命物件」の引き立て役として使うものだ。

本命物件は、顧客のためというよりは、「会社の戦略で買わせたい物件」である。

「まわし物件」を利用した不動産会社のズルい営業方法とは?


散々まわしの物件を見せて、

「本当にいい家など買えないのでは...」

と顧客に思わせたタイミングで、「かまし」の着信を使う。

30秒後に着信音が鳴るように仕掛け、ここぞというときに電話が鳴ったふりをする。

まるで浮気現場から仕事を言い訳にして逃げ去る男のように。


「お疲れ様です。松尾です。はい、今は、お客様をご案内中です。ええ.......ええ......。

えっ本当ですか。あそこがですか───」

大袈裟には見せず、驚くそぶりもわざとらしくならないように細心の注意を払い、かましの電話を仕掛ける。


そして顧客にこう告げるのだ。


「今、上司から連絡が入ったんですけど、大変なことが起きました。

実は、2週間前にわずか20分で売れた物件があります。これはすごかったです。

(中略。物件の魅力を語る)

「その物件がですよ......。

一件、ローンキャンセルで再販売になりました。

半田さんのご要望に適う物件です」

「これは特別な一件です。

日本の戸建て市場でも屈指の城南エリアでこういう物件はなかなかありません」


このように、「今だけ限定」の響きで顧客の心理を揺さぶって、

「今買わないとめちゃくちゃ損する」

気分にさせるのは古今東西いろいろな場所で使われる営業テクニックだ。

ネット上で行われているnoteの限定販売も似たようなものだろう。


狭小邸宅 (集英社文庫)

狭小邸宅 (集英社文庫)

なかなか経験できないことは、本で疑似体験しておくといい

多くの人にとって不動産の購入は一生に一度の大きな買い物である。

人生と同じで、何度も経験できれば最適な選択ができるかもしれないが、一度きりの判断はやり直しがきかない。

そこで『狭小邸宅』のような小説を読み、事前にシミュレーションしておくのは有効なのではないだろうか。

少なくとも、「こういうテクニックもありそうだ」と脳内で経験しておくことは人生において何らかのプラスになると考える。


ドイツの政治家、オットー・フォン・ビスマルクは


「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」


と言った。

何も実践しないまま本ばかり読んでも仕方ないが、書物を通じて他人の経験を追体験するのも悪くない。

なにせ不動産は本の値段の5万倍もする大きな大きな買い物なのだから。