日本の大企業に絶望してGoogleやスタートアップに転職する人が目立っている件



最近、はてなブログで退職エントリをよく見ます。

1つ目はNTT研究所を辞めてGoogleに転職した方の記事。

2つ目は日経新聞を辞めてGoogleに転職した方の記事。

3つ目は富士通を辞めてスタートアップに転職した方の記事です。


現時点で日系大企業を辞めてGAFAに転職する人が増えているかはわかりませんが、日系企業の非効率さに嫌気がさした優秀な若手がGAFAを始めとする外資系企業に転職する流れは加速していくように思います。


インターネットは簡単に国境を超え、グローバルIT企業は世界中から優秀な頭脳をかき集めています。

待遇も一流、環境も一流。周りにいる人間も超一流ばかりの環境に、優秀な若手が惹きつけられるのは無理もありません。


冒頭で紹介した退職エントリからも伝わってくるように、日本の大企業はもはや慢性的な機能不全に陥っていて、非効率なしきたりが蔓延し、治療の施しようのない状態になっているようにも感じます。


お役所的な稟議のスタンプラリー。

長時間会議する割には何も決まらず、「検討します」でお茶を濁す日々。

責任の所在が曖昧で、責任を取らないために全力を尽くす風潮。

社内向けの資料に延々と時間をつぎ込み、物を作る時間がない若手社員。

不勉強な50代社員が決定権を握り、彼らを納得させるために日々根回しを行う中堅社員。

プロジェクトをスタートさせるだけで2ヶ月かかる「検討期間」と「大量の承認会議」

非効率で形式的で無駄なことばかりやっていて、長時間労働しても全く成長の実感がわかない。


そんな閉塞感に直面し、悩み、苦しみ、「ここはもうダメポ」と諦めた先にあったのがGAFAのような光り輝く外資系企業だったのではないでしょうか。


このような日本企業の組織的な問題は至るところに噴出しており、もはや制度疲弊が行き着くところまでイッてしまっているようにも見えます。


もちろん僕は多くの組織を見てきたわけでは全く無いので、これから述べることがどの組織にも当てはまるわけではないでしょう。

言ってみればGoogleだって大企業なわけで、問題なのは「官僚的で事なかれ主義に陥った大企業」であるといえます。

官僚主義に陥った大企業にはどのような特徴があるでしょうか。


偏差値エリートは根性があって非効率

僕が知る限り、大企業の社員は偏差値の高い人が多く、受験勉強を頑張ってきた人が多いです。

それゆえにとても真面目であり、根性があります。

非効率でも一生懸命やるし、長時間机に向かうことを苦としません。

真面目で一生懸命な人がたくさんいるのが我が国の大企業の特徴です。


一方で、根性で机に向かって成功してきたからか、


「楽して成果を出す」


ことに抵抗を覚え、「楽することは良くないこと」と捉える傾向がものすごく強いです。


長時間労働を乗り越えてきた世代はなおさらですが、そういう世代の人々が育んできた文化は「長時間労働こそが美徳」となっていて、それは「効率化」と真っ向から対抗しがちです。

「効率化を手抜きとみなす文化」はテクノロジーの忌避につながりやすく、世の中に溢れているツールの利用を阻む原因ともなります。


偏差値エリートはなまじ根性があるだけに、無駄で非効率な「申請作業」も苦とせず、承認スタンプラリーを通すために夜遅くまで会議しながら資料を作る、という苦行もなんだかんだで乗り切ってしまいます。

Facebookのタイムラインのプロトタイプは4人の社員が一晩で作り上げたそうですが、大企業の場合は一ヶ月かけて偉い人に承認してもらうためのパワーポイントを作り、それから一ヶ月かけて「やるかどうか」の審議が続き、そこからやっと事業をスタートするくらいのスピード感ではないでしょうか。

社内の調整と承認のために膨大な時間をかけて、大量の人が動き回っているのが官僚組織的な大企業の実態です。

前例にないものは「リスク」

大企業の中にはたくさんの「ノウハウ」があります。

「こういう仕事はこうやるべき」といった標準化がどこまでも徹底されており、どんな社員が入ってきても一定の成果が出せるような仕組みができています。

そのように良かれと思って積み重ねてきた「標準化の歴史」がルールとして重しになり、標準化で規定されていないものを「リスク」とみなして毛嫌いする傾向があります。


官僚主義に陥った大企業では「インターネットは怖いもの」というイメージがあるのか、あるいは情報漏えいを恐れてか、SlackやDropboxの利用は禁止。

インターネット上のツールはできる限り使わず、社内の時代遅れで不便なツールの利用を推奨する文化があります。

意思決定に関わる高年層は「世の中の新しいツール」や「時代の流れ」を学ぼうとせず、社内しか見えてない人がほとんどであるため、自社ツールが時代遅れになっていることに気付きません。

決して悪気はなく、ただ知らないだけなのです。


意識の高い若手は自分の会社の環境が世の中のスタンダードとずれていることに敏感ですから、

「この会社、マジでやべえな」

と焦り、そのうちの一部の人は「そういうものだ」と受け入れ、一部の人は「変われない自社の環境」に絶望し、転職を考え始めます。


「リスクを嫌う文化」の根底にあるのは、失敗を許さない風潮です。

ミスがあったら原因を是正するまで徹底的に会議を重ね、年配社員が納得するまで資料を作らなければいけないので、その対応に異常なコストがかかります。


新しいことには必ずリスクがあります。

意識が高い人が「新しいことはやりたい」と思っていても、「何か問題があったらものすごく面倒なことになる」ことがわかっているため、結局「前例にあって、リスクが限定されたものを選ぶ」方向に走りがちです。

さらには、日本のメンバーシップ型の雇用形態では「新しいことをやって成果を出しても給料はほとんど上がらず、何もしなかった人と変わらない」のもインセンティブを削ぐ要因となっています。

で、そのメンバーシップ型の雇用形態を変えられない原因には、日本の法制度。
すなわち「強力過ぎる解雇規制」があるように感じています。

話が終わらなくなるので、解雇規制についてはまた今度。


みんな真面目だけど本気じゃない

偏差値の高い大企業社員は本当に真面目で一生懸命です。

みんな猛烈に働きます。

ですが、その真面目さは「やらなければいけないこと」をしっかりこなし、「会社のルールを遵守する」ために向けられており、
「自分はこうしたい」という意志を持って、「やりたいこと」のために使っている人はほとんどいません。


いても全体の1%程度ではないでしょうか。


中川淳一郎さんが著書で

「会社員は怒られないために仕事をしているんだ」

と書いておられましたが、まさにその通りだと感じています。


上司に怒られないために報連相を徹底し、何か事業を始めるときは決定権を持つ人に怒られないために資料を作り、お客さんに怒られないために社内を走り回る。

とにかくそれが決して悪いわけではありませんが、会社では多くの人が「怒られないように」頑張っているように感じます。

「本気」とは自発的に何かを考え、100のものを110にし、150にし、200にしていこうとするときに生まれるエネルギーです。

「怒られないための仕事」は70点を絶対に下回らないようにするための仕事です。

そこには真面目さはありますが、「なんとしても良いものを作ろう」という本気さは生まれにくくなります。



上の人間を納得させるためのコストが異常に高い

ここまで繰り返し書いてきましたが、大企業では「上の人間を納得させるコスト」が異常に高く、世の中のために役に立つかもわからない社内向け資料や承認会議のために多くの人が大量の時間を費やし、社員が疲弊する傾向があります。

資料作りや会議に追われまくっているため、肝心のプロダクトを改善するための時間が割けず、現状維持の先延ばしを続けているようにも見えます。


下記のツイートがたくさんリツイートされ、リプライや引用RTをもらいました。

リプライは阿鼻叫喚の様相を呈しており、決定権を握る社内の40代〜50代の社員を納得させるために、多くの中堅社員が奔走している現実はどこにでもあるようです。


さて、官僚主義的な大企業では組織構造的に深刻な問題を抱え、時代の変化に対応しづらい状況になってきています。

このような状況について書くと、ネットでは「そんな会社は転職したほうがいい」とか、「早晩滅びるだろう。早く脱出した方がいい」という意見が必ず出てきますが、「労働者」にとってはさほど悪い環境ではありません。

ざっと考えても労働者にとっては下記のようなメリットがあります。

  • ビジネスモデルは古くても、それが既得権となり、既存顧客から莫大な利益が上がる
  • 会社の収益基盤が安定しているため、スタートアップに比べ事業の失敗によって会社が傾く確率が低い
  • 業務が標準化されているため、業務の負荷が少ない
  • 仕事ができなくても、ルールに違反しない限りクビにならない
  • 周りが無駄なことばかりやっているので、ちょっと頭を使えば簡単に平均以上のパフォーマンスを出せる


こうやって見ると、官僚主義的な慣行さえなくなれば、安定した収益基盤をベースにして、そこで上げた利益を新しいことへのチャレンジに向け、
一方でリスクを押さえつつ、一方でリスクを取りに行くことができるそうに見えますよね。

現実はそうならなのが大変残念ではなりますが、部署によってはそんな環境もあるかもしれません。



「会社の仕事を通じての成長」や「エキサイティングな毎日を過ごすこと」が人生の全てではない場合、官僚主義的な大企業では様々な働き方の選択肢が生まれます。

できるだけ早く仕事を終わらせて、プライベートの時間で自己研鑽に励む自由もありますし、
会社の仕事はお金のためと割り切って、プライベートを充実させる生き方も正しいわけです。


官僚組織はネットでディスられがちですが、意識高い生き方が全てではありません。

「様々な生き方の選択肢」についてはまた別の記事でまとめてみます。


続きの記事を書きました→官僚主義的な大企業での合理的な生存戦略を考える


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