警察組織に優秀なIT技術者が就職しない理由



日々増加するサイバー犯罪に対応するため、埼玉県警が専門捜査員の確保に力を入れているらしい。
優秀な技術者に職場をPRするためにあの手この手で訴えを強めているが、どうも人が集まらないのが悩みのようだ。

元記事;サイバー捜査員募集、敬遠される〝体育会気質〟

元の記事によると、セキュリティの専門知識を持つ優秀な人が入ってきてもまずは交番勤務から始めさせるという。

以下は引用だが、優秀な技術者を採用した後は警察学校にぶち込み、交番で勤務させ、3〜4年は専門スキルを発揮する場を与えないのだとか。3〜4年も専門性を発揮する場から離れていたらスキルが陳腐化するはずだが、警察の偉い人には想像が及ばない。

埼玉県警はIT資格を持つ大卒、大卒見込みの採用枠「サイバー犯罪捜査Ⅰ類」を設けている。
技術力と捜査力を兼ね備えたサイバー捜査員のエースを育てるためだ。2017年の試験に合格し、18年から勤務する第一号の警察官は今、警察署にいる。
専門枠だが、警察学校で柔道などを教わるのは他の警察官と同じ。交番や警察署勤務を経るのも同じで、専門能力を発揮するまでには3~4年掛かるという。

記事では

「人材確保は世界との闘い。良い技術者はグーグルなどの外資系企業に行ってしまう。警察が闘うにはつらいものがある」

と書かれている。

本当にその通りで、年収2000万でGoogleに入るレベルの技術者が、年収400万の交番勤務からキャリアをスタートする可能性は考えづらい。

生の犯罪データに触れられるのは技術者にとって魅力的かもしれないが、自分のやっていることを誰にも理解されない職場にわざわざ飛び込む若者はごく少数だろう。

先日書いた「日本の労働生産性が低い理由」という記事の中で、日本企業の生産性が低い理由は

  • 過度な階級主義
  • 過度な平等主義
  • 不勉強

にあると説いた。
技術者としての専門性を期待して採用した警察官に交番勤務や柔道を強制させるのは、「過度の平等主義」が根っこにあると思う。

「みんなやってるからお前もやれ」

という個々の専門性を無視した強制である。

これは日本企業の全員横並びの集合研修も同じだ。

警察が技術者を採用できない理由にはこれらの日本的な文化・慣習に加え、権限がある人たちの「過度なお上意識」があるように感じた。


日本の老人に蔓延する「お上主義」と慢心

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警察が技術者の採用に苦戦している話を読んだとき、僕はGAFAに引き抜かれる技術者たちの話を思い出した。

NTTグループの研究開発部門の人材の3割が35歳までにGAFAに引き抜かれているという。
大卒21万5060円、修士卒23万7870円の賃金では優秀な人材の流出を止められないということで、賃金制度を改革しようとしているらしい。

日経記事:対GAFAで研究者の処遇改善 NTT、流出に危機感

しかし、旧態依然とした日本企業に嫌気が差して辞めていく技術者たちをちょっと賃金制度をいじっただけで引き留めることができるのだろうか?

以前、「日本の大企業に絶望してGoogleやスタートアップに転職する人が目立っている件」という記事にも書いたが、日系大企業を去る技術者たちからはテクノロジーへの敬意が足りない会社の文化を毛嫌いしているようにも感じた。

技術オンチな文系卒の経営陣が技術者の求めているものを理解できず、その活躍の場を与えることもできず、魅力的な職場に人材を奪われていくのは当然の結果だといえる。

それでも小手先の「待遇改善」などで人材を繋ぎ止めることができると本気で考えているのは、彼らの中に

「自分たちはエリートだ」

「こんなエリート企業で働けるのは幸せなはずだ」

という慢心があるのではなかろうか。
そうでなければ、高待遇で、刺激的で魅力的な仕事が待つ外資系と人材獲得競争をしようなどとは考えないはずなのだ。

警察も同じで、「技術者がほしいのよ、採用してよ君ィ」とか言ってる偉い人は、どこか自分たちが特別な存在で、立派で、エリートで、「自分はすごいところで働いている」と思い込んでいるのではないだろうか。

昔は「公務員」だったり「大企業」で働くことはステータスだと思われてきた。
なんだかんだ今でも大企業信仰は強く、田舎の親世代は公務員が大好きだ。

でも優秀層にとって、大企業病にかかった日本企業は縛りが多くてかったるい環境だろうし、
手続きが多く、若いうちの裁量も小さい(と予想される)公務員など見向きもしないだろう。

「お上で働けば幸せ」
「大企業で働けば一生安心」

みたいな、時代錯誤の考え方が50代より上の世代には根強く残っているように感じる。

そしてそういう人たちが意思決定を行う立場にいるがゆえに、今の優秀な若手の価値観と相違が発生して、結局そっぽを向かれてしまっているのが現状のように思う。

もちろん、そんなことを言っても外資系企業に技術者を奪われている状況は悪化していく一方なので、危機感がないわけではないだろう。

2018年12月、GAFAへの人材流出を食い止めるため、NTTデータは高額報酬の人事制度の投入を決めた。

関連記事:「GAFA流出への危機感」NTTデータ 高額報酬の人事制度を投入へ

国際社会では賃金は「職務=仕事」に紐付いて支払われるのが普通で、日本のように「年功給」や「職能給」のような「人」に紐付いた賃金体系は珍しい。

「職務給」と「職能給」については別の記事で紹介するが、NTTデータの試みはおかしなことではなく、むしろ賃金体系を国際的なスタンダードに近づけていくための真っ当な施策のように感じる。

おそらく将来的にこの施策を阻むのが「過度な平等主義」だと予想できるが、

「職務に応じて異なる賃金が支払われる」

という国際的に当たり前の慣習を受け入れることが、日本企業が変わっていくための第一歩になるはずだ。