人が力を発揮するために必要な3つの条件



けんすうさん(@kensuu)の「すごくなりたいなら、とにかく自分の周りの環境を作ったほうがいい」という記事を読みました。

すごくなりたいなら、とにかく自分の周りの環境を作ったほうがいい

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できる人の分類(けんすうさんのブログより)

どんな環境でもできる人はできるし、環境次第でできる人もいる。
どんな環境でもできない人もいる。

色々な人がいるけれど、「多くの場合は環境次第でできる人である」というのがけんすうさんの主張です。

つまりは、人の成長とか、能力とかほとんど環境に依存するんじゃないかと思うのですよね。もちろん、人が生まれ持っている性質は大きな方針にはなるとは思うんですが。

(中略)

というわけで個人的には「自分の能力がどう伸ばすのか」と同じくらい「自分の能力をあげる環境をどう作るのか」は重要だと思っています。
もちろん生まれなどによって制限があったりもしますが、自分でコントロールできる範囲で、環境を最高によくするという努力をするのがいいんじゃないかなと。


「すごくなりたいなら、とにかく自分の周りの環境を作ったほうがいい」より

どんな環境に身を置くかによって、人間はいかようにも変わっていくのです。

環境によって人は白くも黒くもなる

4月から社会人になる若者の多くは、上辺しか語られない会社説明会程度しか会社のことを知らないまま入社式を迎えることになるでしょう。

僕たちはとても大切な「入社後の環境」について、ほとんど情報がないまま仕事を始めることになるのです。

しかも新卒の場合は比較する対象がないため、いま自分がいる環境が良いのか悪いのかもわかりません。
そこで根性系の大人が

「今いる場所で頑張れないやつはダメなやつだ」

なんて言うもんだから、「なんか合わないな」と思っても言い出せません。

けんすうさんの記事に書かれているように、すごい人になりたいなら環境が大事です。
それも「自分の適正に合っている環境」でなければいけません。

僕はいい年のおっさんなので、たくさんの新入社員が配属されてくる姿を見てきました。

何にも染まっていない優秀な若者たちも、5年もすれば「標準的な社会人」になり、良くも悪くも強い個性は消えていきます。

ヒエラルキーが確立された大きな組織ほどその傾向は強いです。
ピラミッドの中で尖り続けることはできないわけです(そもそも尖った人は基本、古くて大きめの組織には入らないのですが)

大きな組織の仕事はどんな人が行っても一定の成果が出せるように、そのプロセスが標準化されています。
「標準化」というのは、業務に対してどんな作業を行えば一定の質が保てるのかを定めたルールです。

標準化によって仕事の質が担保される一方で、個人が個性を発揮して社内の慣例を逸脱するような何かをするのはとても大変です。
また標準化は長い会社の歴史の中で作られるもので、その会社の仕事のやり方を縛るルールにもなるので、そのルールが時代に合わなくなっている場合、非効率が温存され続けることにもなります。

いまの40代〜50代の人たちが一生懸命作り上げてきたルールが、20代の若者が入社する現代に適合しているとは限らないわけです。


社内で仕事を覚え、慣習を覚え、上司に仕事を教わっていくうちに、新社会人は「会社の文化に適合した標準的な会社員」に錬成されていきます。

僕はそんな若者たちを見ながらたまに考えてしまうのです。

「この優秀な若者たちが、そのとびきり優秀な個性をそのまま伸ばしていたら、何人かは世の中に輝く著名ビジネスマンと同じレベルに達していたんじゃないか?」

って。

もちろん、優れた人は環境を選ぶ嗅覚にも優れているので、

「場所を選ぶ」

というメタゲームから勝利するものなのですが、初期の時点ではいわゆる「人間の基本能力」的なものは新卒の優秀層においてはそれほど変わらないと思うのです。

22歳時点でほんの小さな差が、5年10年と働いているうちにとんでもない差になって、絶望的なまでの差に開いてしまいます。

関連記事:30歳を過ぎた頃から同じ社会人でも明確な差が出始める件

それでも最初はほんの小さな差なのです。
社会人は毎日毎日膨大な時間を仕事に費やすので、その膨大な時間をどのように過ごしているかで当然、差がついてきてしまうわけですね。

そして僕たちは周りの人に大きな影響を受けます。
周りにいる人たち価値観に触れながら、自分の価値観を形成していくのです。

けんすうさんが

「周りの影響とか、リクルートの影響がないと絶対起業しないと思うんですよね」

と述べていたように、どんな人たちと働くかによって、マインドの部分が変わってきます。

だから、なりたい自分になれそうな環境に身を置くことが大事です。


関連記事:田舎の公立中学校に子供を入学させることはリスクなのか

努力するには当事者意識が必要

「良い環境」に身を置いたからといって、それだけですごくなれるわけではありません。
大学だって、同じような環境でダメになっていく人もいれば、メキメキと頭角を現していく人もいたはずです。

同じ会社にいても、サボってダメになるおじさんになる人もいれば、毎日必死に結果を残して出世していく人もいて、「環境」だけではその人の能力が決まるわけではないこともわかります。

では「置かれた環境で頑張る」ために必要なのものは何か?

当事者意識です。

人は「自分ごと」に対してしか頑張ることはできません。

目の前の仕事に対して、「これは俺の仕事だ」「俺が絶対に成し遂げなければいけない仕事だ」と考えながら取り組むか、
「失敗してもチームの問題だし、どうせ辞めるから関係ないっしょ」みたいに考えながら取り組むかでは、真剣さが全く変わってきます。

関連記事:会社を辞める人が「無敵の人」になってしまうのはなぜか

真剣に仕事をするのは憂鬱なものですが、真剣に仕事をしないと成長もしません。

ゆるく仕事をする人は例外なく当事者意識がありません。
仕事が「自分のこと」になっていないのです。

逆にどんな人でも当事者意識さえあれば限界まで努力します。

たとえば、ツイッターに「女にモテるために声をかけ続ける人」がいますが、彼らはものすごくストイックです。
毎日必ず街に出て、毎日「どうやったらもっと上手に女の子を引っ掛けられるか」を考察し、ときには一晩中女の子に声をかけ続けています。

こんなにストイックにやれるのは、「女にモテる」が「自分ごと」だからですよね。

どちらかというとクズと言われがちな人たちがこんなに頑張れるのは、当事者意識があるからです。
逆に言えばどんな人でも当事者意識があれば努力できるのです。

大学受験も同じですね。

「落ちたらやばい」「自分の人生を変える」と考えているから、本気になれるのです。

でも社会人の場合は大学受験と違って、期間がとても長いです。
大学受験が終わった途端に勉強しなくなる人がたくさんいるように、どんなに当事者意識を持って頑張っても、それが苦行だった場合、区切りがついた時点でやめてしまいます。

苦しい期間が長いと、反動も大きいのです。

適正がある仕事を選ぶ

では最後に何が大事かというと、「適正」です。
言い換えると「好きなことを仕事にする」ということです。

こういう言い方をするととても胡散臭く聞こえてしまうかもしれませんが、「自分の心の声」をよく聞かなければいけません。

「今やっていることが楽しいかどうか」

を自分に問い続けなければいけないのです。

関連記事:社会人こそ自己分析が必要だ。秘密のノートに自分をさらけ出すべきだ。

僕たちの多くは「仕事は楽しくやるもの」とは考えません。
「仕事だからちゃんとやるもの」と考えます。

業務である限り「楽しいかどうか」というのは意識されず、淡々と一生懸命真面目にやろうとするのですね。
それは正しいことなのですが、上に書いたように、「楽しくないこと」をずっと頑張ることはできません。

だから仕事そのものが自分にとって楽しいかどうかをちゃんと見つめ直す必要があるのです。

楽しくて仕方がないことを仕事にできた人は幸せです。
仕事が遊びみたいになって、それでお金が入ってくるのだから。


中には「仕事そのものが好き」というよりも、「自分の立場によって好きかどうかは変わる」という人もいるかもしれません。
たとえば僕の場合、高校のときの部活は大好きでしたが、大学の部活はつまらなくて仕方がありませんでした。

高校のときは自分がチームを引っ張っていって、自分で考えて、自分が中心となってチームを作っていたから楽しかったのです。
でも大学ではコーチが全てをコントロールしようとして、色々とルールを作って型にはめようとするもんだから、全然楽しくなかった。

つまり僕の場合は「コントロールしたい欲求」が強いため、「自分で考えて自由にやれる環境」は楽しいけれど、「人に強制される環境」だと全然楽しくないということです。
同じ競技の部活でも、楽しかったり楽しくなかったりするわけです。

なので適正を考えるときは

「仕事の対象そのものに興味があるか」

と一緒に

「仕事をしているときの自分の状態が自分に合っているのか」

も考えなければいけません。

人と一緒にやるのが好きなのか、自分ひとりでやるのが好きなのかによっても変わってくるでしょう。
そこまで考えてはじめて「適正」というものが見えてきます。


一人の人間がその能力を限界まで引き出すためには、

  • 環境
  • 当事者意識
  • 適正

が大事だという話をしてきました。
そして最後にもう一つ。

僕に決定的に足りなかったものがあります。
上の3つを揃えるのと同じくらい大切なものです。

それは「勇気」です。

自分の環境がおかしいと思ったら、変えようとする勇気を持つこと。
自分が環境に合わないと思ったら、飛び出す勇気を持つこと。

勇気がなければ日々違和感を覚えていても、環境を変えることができません。

ゲームをやっても一発で当たりを引くのが難しいように、ガチャを回し続ける勇気を持つのが大切です。