「好きな人」という単語を使うとなんだかむず痒い気分になるものだが、恋はいいものだ。
本気で恋した相手との会話は、ずっと昔のことでも鮮明に思い出すことができる。
人生で初めて付き合った子と初めて一緒に帰った日に交わした言葉は生涯忘れることはないだろう。
「今日、寒いね」
だ。
12月の帰り道。
雪が降っていて、吐く息は白く、僕の顔だけが熱かった。
どうすれば手をつなぐことができるだろうかと、そればかり考えていた。
冬休みなんて来なければいいのに、と帰り道に願った。
「どんなに雪が積もっても、明日学校が休みにならなければいいな」
「好きな人」との会話は決して忘れることはないが、どうでもいい人とのどうでもいい会話はほとんど覚えていない。
僕だけではなく、おそらくほとんどの人が同じだろう。
自分が恋した相手との会話はどんな些細なものであってもいつまでも覚えているのに、興味のない人と交わした、なんとなく重要そうな会話の内容は全く思い出せない。
「人間は大事なことは覚えておける」のかもしれないが、その割に仕事で出会った人の名前などはすぐに忘れてしまう。
なぜこんなことが起こるのだろうと考えていたら、一つの仮説が思い浮かんだ。
記憶にとって最も重要なのは、
「対象から離れたときにどれだけの回数思い出すか」
なのだと。
好きな子と話したときの会話の内容は、家に帰った後にも無意識に思い出して反復していなかっただろうか。
牛は食べたものを口に戻し、もう一度細かくするために噛んではまた胃に戻す反芻を繰り返すという。
あ、これだ、と。
僕たちは、心の底から興味がある対象については牛になるのだ。
好きな子との会話を牛のように脳から取り出し、反芻して脳にしまう。
そのときの感情も一緒に取り出して、何度も記憶を再生し、
「ああ言っとけばよかった...!」
と時に後悔し、
「あのときどう思われただろうか」
と想像する。
こうやって記憶は強化されていくのだ。
この牛のような記憶の反芻過程では、
- 記憶の再生
- 記憶の改善箇所の検討
- 記憶の考察
などが行われ、無意識のうちに一つのエピソードを様々な角度から検証している。
この過程で、そのときのエピソードが脳に深く刻まれるのだと考えられる。
僕たちは勉強したこととか、仕事で先輩から教えてもらったことはあっという間に忘れてしまう。
本心では興味がないからだ。
「やらなければいけない」
と心の中で思っていたり「興味を持たなきゃいけない」と考えていても、自分の心に嘘はつけない。
興味がないものは、何でもない時間に思い出すこともない。
だから記憶が強化されない。
恋したときに記憶が強化される現象を仕事に活かすのであれば、一番理想的なのは、好きで好きでたまらないことを仕事にすることだろう。
好きで好きでたまらないことは、机から離れたときにでもずっと考えることができる。
外を散歩しているとき、風呂に入っているとき、トイレで踏ん張っているとき。
何もしていないときにどれだけ思い出せるかが記憶強化の鍵だ。
とはいっても、特に仕事に関しては、なんでもないときに思い出したくなるくらい愛している人は稀だろう。
どちらかというと、会社から出たら忘れたくなるような仕事をしている人の方が多いのではないだろうか。
大好きな漫画のセリフは何度も何度も反芻しても、世界史の人物の名前を何度も思い浮かべてニヤニヤする人はいない。
だから、苦痛を伴う仕事や受験勉強で記憶を強化したいのであれば、意識的にルールを作って反復を習慣にしなければならない。
机から離れたときに、1時間前に学んだ内容を脳内で再生することだ。
会議で話した内容を会議室から席に戻る途中で思い出してみよう。
反復が記憶を強化するから。
もう一つ何かを記憶に残すために重要なのは、どれだけ脳に記憶の釘を深く打ち付けることができるかだ。
恋しているときの会話は一回一回が心に響くし、深く刻まれやすい。
が、僕たちは教科書に恋することはできない。
無味乾燥極まりない教科書の内容を深く頭に刻み込むためには、「理解を深める」か「実際に使ってみる」しかないだろう。
理解していないことは頭に残ることもなく、頭に残らないものは反復もしようがないため結局覚えられない。
だから、何かを学習するときはまずその内容をしっかり理解することが大切だ。
理解して使ってみる。
使ってみることで記憶に残る。
英語もプログラミングも同じだ。
使わない知識はいくら学んでもスルスルと記憶から抜けていく。
記憶に残った内容を机から離れたあとに何度も思い出すのがいい。
そうすれば、何かを学習しても無駄になることなく、ずっと頭の中に残しておくことができる。
学んだことを理解する→実際に使って習熟する→振り返る
このようなプロセスを意識しながら勉強することで、恋したときと同じように、学んだ内容を深く記憶に残すことができるはずだ。