俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

12時を過ぎるとシンデレラの魔法は解けるし、素敵な出会いもなくなる。




自分にとってナンパをするのは、あくまで素敵な子と出会うための手段であって、一回限りの関係を求めているわけではない。

昔、眠い目をこすりながら、一晩中街をさまよって、連れ出せる女の子を探したりしていたことがある。
多くは、誰かに誘われて一緒に・・・といった場合だけど。

途中で、なんで俺はこんなことやってるんだろうと疑問に思いながら、まるで義務感のように街を歩いた

本当に辛かったし、翌日の生産性は著しく落ちた。


そもそも、そんな夜中に街をフラフラして声をかけて、そこで連れ出せるような子と、その後も一緒にいたいと思うだろうか?
クラブで出会ったならまだ考えてもいいけど、道をフラフラって、普通に考えたらまともな子ではない気がする。

ましてや、知らない男についていったり、そのまま夜を共にしたりした場合、その子とずっと一緒にいたいと思えない気がする。

もちろん、夜中に美女が歩いている可能性もあるけれど、確率は低いだろう。

「確率」という考え方が大事だと思う。

ナンパには数を求めて即を狙うものと、理想の相手を求めるもので、大きく目的が異なっている。

理想の相手を欲するなら、0時を過ぎた時間帯からのナンパでは目的にそぐわないことが多いだろう。

確率の問題だけど、3時とか4時に街を徘徊している子が理想になる可能性は限りなく低い。

これは色々と研究してきたので、別の機会に記事にするけど、街に出るなら、土日なら18時~20時。

平日なら23時より前の時間に限ってやるのが、経験上、最も効率の良いナンパだと思う。
「俺にとって素敵な人に出会う」という目的においてだが(即系を狙いたいなら、上記の時間を避けるのがいい)

そして余談になるけど、「くるくる」にも抵抗がある。
みんなで飲んで楽しくなって、それで自然な流れででそうなるんだったらいい。
大学の時とか、そういうこともあった。

でも、狙って「くるくる」するってのは、俺の中ではちょっと違う。実際に経験して、改めて思った。


わざわざ色々と画策して、狙って「くるくる」するってのはやっぱり「経験人数を増やしたい」っていうのと、
「仲間うちで『くるくるしました』って報告して盛り上がる」ためのように感じる。

それは俺が求めることではない。

「くるくる」っていうのは、女の子がそれを望んで、こっちもそうしたいって時にはじめてやればいいことであって、狙うものではない。
そもそもなんか不潔だから俺は嫌だ。

経験人数で戦闘力を測るような「ナンパの腕」とか全然興味ないし、「ナンパの腕を認められること」が人生で何か意味があるとは思えない。

ツイッターに流さないこの記事を、わざわざ読みに来てくれる人がいたなら、その人にはちゃんと伝えたい。

ナンパ師界隈で、何々したから凄腕とか経験人数を誇ったりして、ナンパの腕を競ってる人たまにいるけど、そんなん何の意味もないから。

なんで意味がないかって?

それが未来に残らないものだから。
社会に認められないものだから。
ほとんどのナンパ師は5年以内に引退して、引退した後の価値観が変わってしまうから。

高校の時の部活で大活躍したエースが、大人になってから

「お前あのときすごかったなー」

なんて褒められるのとは違って、ナンパの腕なんてものは、

「なんかアホだったね」

と言われる類のものだと思う。
勉強ができるとか、スポーツができるみたいに普遍的に価値があるものではない。

仲間うちで楽しくやるなら思い出になると思うけど、「俺すげぇだろ」って腕を競い合ってるのは、正直言って、何の意味もないからやめたほうがいい。

で、周りのそういう発言にいちいち影響されないこと。
自分にとって何が大切かっていう軸があれば、ブレないから。

ナンパクラスタっていうのは外から見ると極めて異常な価値観が蔓延しているけれど、中にいるとそれに気付かない人が多い。

ヤンキー達が悪さしたり喧嘩するのを正しいと思っているみたいに、その中固有の文化が生まれる。

ナンパクラスタで腕を誇るのは、喧嘩の強さを自慢するヤンキーのようだ。
それは喧嘩と同様に、時が経つと何の価値もなくなる類のものだと、俺は思う。

asapenさんのように精緻化した理論を残し、皆の知見を深めたり、ikasuiさんのように面白いブログを書いて人を笑わせるのは素敵なこと。

ナンパの価値が残るっていうのは、そうやって誰かにとって意味があるものでなければいけない。
「女を落とした自分すごい」をアピールしても、それは自分の承認欲求を満たすための行為でしかないのだ。