「今とてもアツい出会いスポットがあるらしい」
という噂が風に乗って流れてきた。
その出会いスポットは六本木でも銀座でもなく、恵比寿にある。
横丁ではない。The Public Standである。
The Public Standは2017年1月13日にオープンした。
友人曰く、
300barほど露骨ではなく、六本木ほどうるさくない。
かといってHUBほど話しかけにくいわけでもなく、カジュアルに仲良くなれるスタンディングバー
だという。
なぜこんな美味しいバーがあることに半年も気付かなかったのか...。
僕は自分のアンテナの低さを恥じた。
その一週間後のことである。
ネットで調べていてもイマイチ実態が見えてこない。
本当に美女はいるのか。僕が望んでいるカジュアルさはそこにあるのか。
自ら乗り込み、己の目で見てくるしかないと決意し、僕は一人恵比寿へ向かった。
土曜の夜だった。
合コン帰りと思われる女性が、きらびやかな恵比寿の街を歩いている。
僕はそんな女性を横目で見て、心を踊らせながら恵比寿の神に挨拶にきた。
神はいつもと同じように、遠くを見て笑っている。
これからの僕の冒険に、恵比寿の神のご加護があらんことを...と祈った。
The Public Standは恵比寿駅から歩いて5分の場所にある。
長いエスカレーターがある恵比寿駅西口から出て左手に曲がる。
まっすぐ歩いて突き当りを右。
この「FIRE」が出ている道を右に曲がる。
見えるだろうか。
これがPublic Standである。
すぐにでも中に入りたいところだが、
「天の時は地の利に如かず」
という孟子の言葉に従い、周辺の地理を探ってみる。
すると、The Public Standの10メートル先に「LUXE」という建物と、「US」という建物が見えた。
言うまでもなくこの建物は、仲睦まじい男女がお互いの心を通じ合わせるために入る場所である。
こんな建物がパブリックスタンドから徒歩3分の位置にあるのだ。
僕が生粋のチャラ男であれば、
「我、地の利を得たり」
と叫んでいたところだろう。
しかし、地の利は人の和に如かず。
つまり心をつかめなければ何の意味もないのである。
今日、何者かの心を掴むことができるかは僕次第だ。
外からThe Public Standを見ると、何やら男の後ろ姿が見える。
中でどんなドラマが待っているだろうか?
期待を膨らませ、僕は階段を駆け上がった。
店の前には数人の行列ができていた。
入るまで10分ほど待っただろうか。
ちなみに女性は常に優先され、並ぶことはない。
料金体系はシンプルで、男性が3,240円で飲み放題。
女性は1,080円で朝5時まで飲み放題である。
生ビールもカクテルも飲めるので、飲み放題としては安い方だろう。
相席屋は飲み放題30分で1,500円だが、相席屋には一人で入れない。
銀座の300Barのように
「お酒奢るから」
という口実を使うこともないのが少し嬉しい。
入店を待つ間、なぜか無性にトイレに行きたくなってしまった。
というか、漏れそうだ。
待ってる間、すごく綺麗な女の子が見えた。
なんて素敵なバーなのだろう...とは思わずに、僕はトイレが空いていることだけを願った。
漏れそうだ。足をジタバタと動かした。早くトイレに行きたい...!!
僕の望みはそれだけだった。
待つこと10分。
3,240円を払い、手に謎のスタンプを押され、一直線に向かったのはトイレだった。
行列ができていたが、トイレは3つあるため、そんなに待つことはなかった。
あと5分待たされていたら、僕の膀胱は破裂していたことだろう。
トイレで気力を放出し、英気を養う。
入ったときはトイレのことしか考えていなかったが、気を放出した後に改めて店を眺めると、背の高いイケメンや綺麗なお姉さんがたくさんいた。
いや、正直に言うと男の顔はあまり見ていなかったんだけど、明らかに僕よりカッコいい男と綺麗な女の人が親しげに話していた。
店の様子を眺める。
ツイッターで「オフショルダー」と呼ばれる肩を出すスタイルが流行っているような話を見たことがあるが、たしかにオフショル女の子は複数人いて、その全てが美人だった。
オフショルは美人にしか許されていないのかもしれない。
バーカウンターでビールを頼む。
カウンター横に紫色の光を発するライトが置いてあり、ここの光に当てると手の甲に押されたスタンプが浮かび上がるようになっている。
待ち時間はほとんどなく、頼んですぐにビールが出てきた。
一口飲んで振り返り、すぐ後ろにいたお姉さんに
「乾杯」
と言ってみた。
少し困惑した表情を見せたお姉さんは、僕の顔を見てクスリと笑った。
無視されなかった───。
反応があっただけで幸せな気分になれた。
「一人で来たの?」
「無論、一人である」
「チャラい!なんで一人で?」
「貧困問題の調査のために...」
「怪しい!」
というように、終始疑われ、怪しまれ、怪訝な目で見られ続けたが、話ができたという事実に僕は感動した。
なんていい場所なんだろう。パブリックスタンドが好きになってしまった。
あたりを見渡すと、男女がくるくると入れ替わり、代わる代わる会話をしている。
婚活パーティーもこんな感じなのだろうか。
男のパーティチケットは声をかける勇気なのだろう。
「仕事何してるの?」と女の子に聞かれたときの答え方まとめ。あるいはクソテストの潰し方について。
男が7割、女の子が3割くらいの比率で、何人かの男はボーッと酒を飲みながら、地蔵様のように店の様子を見守っていた。
恵比寿の神の化身なのかもしれない。
店の真ん中に小さな半円形のスペースがあり、シャンパンを入れると使うことができるVIP席らしい。
店に入ったときに見つけたオフショル美女はVIP席に連れられ、女王のように酒を献上されていた。
僕に金さえあれば、女王に酒を注ぐことができたものを...。
自分の貧乏を呪い、いつの日かオフショル女をVIP席に導くことを誓った。
僕が二度目のトイレに行っている間に最初に話した女の子は帰ってしまい、僕は一人店内を徘徊しながらビールを飲んだ。
店内はやや暗く、男女が新たな出会いを、未来の可能性を楽しんでいるように見えた。
僕は誰と話すこともなく、温かく慈愛の心を持って店内を見守った。
僕の男をPublic Standさせることはできなかったが、ジョジョのスタンドのように女の子の背後に立つことはできたと思う。
なんとなく酔っ払って気持ちが良くなったので、単身店を飛び出した。
夜風が気持ちいい。夏の匂いがする。
恵比寿駅を通り抜け、反対側にある恵比寿横丁に行ってみた。
ここにも噂のオフショル嬢がいた。
肩を出して歩くのがやはり流行っているのだろうか。
目のやり場に困る...なんてことはあるはずもなく、僕はひたすらに肌を凝視しつつ通路を歩いた。
恵比寿の横丁を風のように駆け抜け、まっすぐに店を出て、何をしに来たのか全く不明だったが、気分は悪くなかった。
深呼吸して初夏の空気を思い切り吸い込み、LINEを開く。
「今日はありがと!今度飲みに行こ!」
と、送ったLINEには、未だに既読がつかない。