久しぶりに藤沢数希さんの『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』という本を読んでいたら、「整理解雇の4要件」という話が出てきました。
日本は世界の中でもかなり解雇規制が厳しい国で、かなり明確な不正行為でもなければ正社員のクビを切れない、というものです。
日本では「整理解雇の4要件」というのが過去の判例から決まっていて、以下のすべてを満たす場合でないと正社員を解雇できないのです。
- 経営上の必要性がある
- 解雇を避けるために努力をした
- 人選が妥当である
- 従業員に十分に説明している
詳しく見ていきましょう。
ひとつ目の「経営上の必要がある」について。
企業が客観的に「高度の経営危機」の状況にあって、解雇による人員整理が必要やむを得ないものであることが要件になっています。
既にハードルが高いです。
「赤字に転落した」
「経費を削減したい」
だけでは真面目に働いている会社員をクビにはできません。
このひとつ目だけで、優良大企業に正社員で入社した人はリーマンショックレベルの惨事が起こらない限りは整理解雇されないことがわかります。
ふたつ目の「解雇を避けるために努力をした」について。
企業には解雇を避けるためにできるだけ努力することが求められます。
なんと!正社員の雇用を守るために、「新卒採用の中止」や「非正規社員を解雇すること」を積極的に奨励しているのです。
その他にも配置転換、出向、希望退職者の募集など解雇以外に考えられる手段を講じたかどうかが問われます。
コストが高い高齢社員一人を解雇したら新卒が3人雇えるとしても、高齢社員は守らなければいけません。
みっつ目の「人選が妥当である」について。
なんとなく気に入らないからでクビにしてはいけません。
解雇の理由を客観的かつ合理的な基準で説明できなければなりません。
一般的には、
(1)解雇しても生活への影響が少ないもの
(2)企業再建・維持のために貢献することの少ないもの
(3)雇用契約において企業への木属性への薄いもの
といった基準で判断する必要があるとされています。
「さっさと帰って副業やるぜえ〜」なんてイキっている若手社員からクビになるということですね。
まぁ妥当でしょう。
よっつ目の「従業員に十分に説明している」について。
いきなりクビを切るのはダメで、労働組合や従業員に対して十分に説明協議を行うことが求められています。
「あさひ保育園事件」という判例では、
「解雇日の6日前に突如通告した解雇は解雇権の濫用として無効である」
という結果が出ています。
4つの要件は「どれか一つでも満たせば解雇できる」のではなく、すべてを充たしてなければ合理的な理由として認められず、解雇が無効になります。
「仕事ができない」くらいではクビにはできない
従業員を解雇するには、「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる」必要があります(解雇権濫用法理、労働契約法16条)
単に「能力が低い」だけでは解雇は有効と認められません。
社員の能力不足は会社の採用ミスだったり、会社の教育訓練の失敗の可能性もあるからです。
勤務成績や勤務態度の不良というだけでは不十分で、不良の程度が著しく、かつ向上の見込みがないというような場合に限って解雇は有効となります。
つまり、一生懸命頑張っている正社員はよっぽどのことがない限りはクビにできないということです。
セガ・エンタープライゼス事件という判例では、能力が低い社員を追い出し部屋のような部署に異動させてから解雇を通告したのですが、裁判で会社側が敗北し、解雇は無効とされました。
また、高知放送事件という判例では、ラジオニュースの時間に2回も寝坊してニュースを放送中止にさせたナウンサーを解雇しようとしましたが、それも会社側が負けています。
放送局で、アナウンサーの寝坊のせいでラジオを2回放送できなかったとしても、解雇することはできなかったのです。
これらの判例からわかるように、社員を解雇するのは会社にとって非常にハードルの高い行為です。
そのため、会社としてはできるだけ解雇の形は取らず、社員の同意を得て退職してもらうという方法を取ろうとします。
ちなみに外資系の会社でも日本では日本の法律が適用されるので、形式的にはほとんど誰も「クビ(=普通解雇)」にはなっていないそうです。
解雇はハードルが高いから、自分の意思で自発的に辞めるように言われるのです。
辞めてくれたら正規の退職金にプラスして割増しの退職金を支払いますよ、という形を取ることで、ある意味では円満に退職を促します。
ちなみにサラリーマン金太郎とかはよく上司に「貴様はクビだ!」と言われていた気がしますが、労働基準法第20条の規定によると、労働者を解雇する場合には少なくとも30日前に予告をするか、30日分以上の賃金を払わなければなりません。
なので、普通は予告もなしに
「貴様ァ!クビだァ!」
なんて言ってもクビにできないわけです。
金太郎は「上等だァ」などと上司を殴るのではなく、
「では法的な手続きを取らせていただきます」
と法律で殴るべきだったんですね。
ただ、ここまでの事例は「整理解雇」についてのもので、「懲戒解雇」の場合は予告期間を設けることなく即時に解雇することができます。
懲戒解雇とは、服務規律に違反した場合など、企業秩序を乱した労働者に対する制裁罰として科される解雇のことです。
まぁ、サラリーマン金太郎のように屋上で上司を殴ったり暴走族を引き連れて会社に乗り込んだりしたら懲戒解雇でしょうね。
裁判官も唖然とするでしょう。
日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門 もう代案はありません
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強い雇用規制の是非
強力な雇用規制があるおかげで真面目に働く会社員は仕事に集中できるともいえますが、
「一度雇ったら実質クビにできない」
という制約のせいで、企業は正社員の雇用を絞らざるを得ず、若者がとばっちりを受けやすい構造になっています。
また「大企業正社員はほとんどクビにならない特権」は既得権になりやすく、全然働かない正社員が特権の上にあぐらをかいている一方で、派遣社員や新卒採用にしわ寄せがきたりしています。
余談ですが、ツイッターなどでは「年収1000万の男をコリドーで探すの♡」みたいな話がたびたび出てきますよね。
年収1000万の響きはたしかに素敵かもしれませんが、日本企業で転職したことのない男の「年収1000万」が優秀かと言えば、全然そうじゃないケースも多いんですよね。
というのも、新卒の時点で給料の高い業界か給料の高い会社に入ってしまえばまずクビにはならず、ある程度までは自動的に昇給していくので、別に優秀じゃなくても新卒面接が上手なだけで年収1000万には達するわけです。
転職しながら市場に揉まれて年収を上げてきた人に比べて、新卒で入った会社でそのまま年収1000万に到達した人の能力はまちまちだと思います。
上辺の年収1000万にぬか喜びすることなく、よくその人を見て判断しましょう。
最近よく「人生100年時代」とか言われますが、ドラッカーさんという経営学の巨人は
「今後は企業の寿命よりも労働者が働いている期間の方が長くなるだろう」
と予言していました。
関連記事:『ネクスト・ソサエティ』でドラッカーが予言していたこと
これからずっと一緒にいる人を探していて、かつ相手に高収入を求めている場合は、その人自身の優秀さというか、サバイバル能力をよく見て決めたほうが良さそうですね。
長い人生、いま勤めている会社がずっと存続するとは限らないのですから。
<記事を書くにあたって読んだ本>