かつての優良企業はなぜ時代遅れになってしまうのか



かつての優良企業がなぜ時代遅れになってしまうのか、というテーマで記事を書くと、日本企業の古臭い体質や文化、意思決定の遅さ、そしてITに無知な高齢経営者を槍玉に挙げたくなってしまうが、革新的な企業が時代に取り残されてしまうのは日本だけの問題ではない。

世界中で「かつて革新的だった企業」が時代に取り残され、市場から消えていってしまっているのだ。

たとえば2010年に破産申請した米国のレンタルビデオ・チェーンのブロックバスター社。

敗因は「映像作品のオンライン配信」という新潮流に乗り遅れた点にあるとされる。
閉店の相次ぐレンタルビデオ屋を尻目に、新興企業のネットフリックス社はオンラインで業績を伸ばし続けた。

では、ブロックバスター社の社長は「時代がオンライン配信に傾きつつあること」にも気付かないくらいアホだったのだろうか?

実はそうではない。

ブロックバスター社自身が、ネットフリックスがオンライン配信を開始するよりも前、2006年という早い時点でオンライン配信事業の立ち上げに成功していた。

アホな経営者によって自滅したように見えた「既存優良企業」も、しっかりと先手を打っていたのである。


「時代遅れ」とSNSで揶揄されがちな日本の大企業に勤めている方は、自社の様子を振り返ってほしい。

おそらく、「時代遅れになりつつあること」に中の人は気付いているはずだ。
そして「時代遅れになりつつある自社」をなんとかしようと、対策を検討する動きも出ているのではないか。


それでも「時代遅れになったかつての優良企業」が本気で変われないのはなぜだろうか?


結論から言うと、既存企業は「本気で変わるインセンティブ」が低いからである。
上の例に挙げたブロックバスター社もオンライン配信事業を立ち上げはしたが、どれだけ本気で新事業に舵を切ったかは怪しいものだ。


2012年に破産申請したイーストマン・コダック社は1970年という早い時点で既にデジタル・カメラの開発に成功していた。
しかしデジタル事業にはフィルムのようなおいしい商品がない。
その上、デジタルカメラが普及してしまったら、アナログ用フィルムという主力事業そのものが経ち消えてしまうだろう。

そうして、せっかく立ち上げたデジタル技術はお蔵入りとなり、デジタル化の波に飲まれ、破産申請に至った。


既存企業はアホではないのだ。
時代の潮流に気付いているし、対策もしている。新規事業も立ち上げる。

でもその新規事業に本気になれない。なぜなら、既存企業でお金を稼いでいるから。



20年前、クレイトン・クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』で巨大企業が技術革新に滅ぼされてしまう理由を論じた。
以下のような図を見た記憶がある人もいるかもしれない。

f:id:hideyoshi1537:20191216145041p:plain

内容を大雑把にまとめると、以下のようになる。

①大口顧客が既存の製品・サービスばかりを注文している。
②そのため、既存企業の社内においては次世代技術の開発が軽んじられている。
③そうこうしているうちに世の中の風向きが変わり、次世代技術の実用性が高まる
④やがて当の大口顧客も新製品を要望するようになる。
⑤しかし既存企業には、あらなた需要に応えられるだけの技術や製品がない。
⑥結果的に、ライバル企業や新興勢力に市場を丸ごと持っていかれてしまう。


新聞やネットニュースを見ていると、

「かつての優良企業は馬鹿なのか?」

と思いたくなってしまう。

どうしてこんな意味不明な機能を秘伝のタレのように付け足していくのか?
どうしてこんな時代遅れな技術を使い続けるのか?
どうしてこんなアホなことを一生懸命やっているのか?

などと、大企業の経営方針に疑問を抱いたことがある人は少なくないだろう。
また自社のサービスを眺めて「これ、本当に大丈夫なん...?」と疑問を抱いたことがある人もいるはずだ。

しかし、それでも「かつての優良企業」は馬鹿ではない(もちろん、中には本物の馬鹿もいるはずだが、そういうのは勝手に消えるので無視する)

むしろ社員を大切にし、顧客や株主に誠実に向き合い、報いようと一生懸命考えた結果、アホな行動を取ってしまっているのだ。

なぜか?

新しい製品を開発すると共喰いが発生する

既存企業は既に大口の顧客がついている。
ヒットした商品もある。

たとえば私の部屋にはシャープのプラズマクラスターが置かれている。
もしシャープがプラズマクラスターの安価版、性能はそこそこで空気が美味しくなる「プリズムクラスターDX」を製造したらどうなるだろう。

プラズマクラスターからプリズムクラスターDXに乗り換える人が出てきてしまうかもしれない。
新旧製品間の代替性が高い場合、同じ会社の中で顧客の奪い合い(共喰い)が起こってしまう。

有力顧客と主流製品を要する旧部門が社内の主流派であるならば、その権益を害する新部門は容赦なく締め上げるだろう。

このような既得権益の支配は全てが手遅れになるまで続く。

というのも、偉い人の主力部門に出身であることが多い。
危機感を抱いた若手社員が怒髪天を衝く勢いで何かを訴えたとしても、空回りに終わる公算が大きい。


社内ベンチャー制度やなんとか委員会制度も偉い人に評価されるための絵に描いた餅のような施策に終わることが多く、また弱小新設事業部にわざわざ優秀な人が行くインセンティブも低い。


それに比べて新参企業は既存製品なんて持っていないのだから、共喰いが発生する余地がない。
そのため、新参企業は既存企業に比べてイノベーションに積極的になりやすい。


かつての成功体験に引きずられてしまう

上にも書いたが、「かつての優良企業」はアホではない。
「なんとかしなければならない」とわかっていても、どうしてようもないケースも多々ある。

代表的な理由は3つある。

第1に、人や組織には惰性というものがある。

一度決まってしまった予算配分や人員配置や組織内の勢力図は、外部環境が変わったからといってガラッと一新できるものではない。
大企業ならなおさらそうで、「ああでもない、こうでもない」と一年近くかけて「検討会議」を続けてやっと、「さぁ我が社を変えるための作業をしましょうか」と重い腰を上げることになる。


第2に、経営トップ層の主観や情報網、そして彼らの個人的な関心事も、従来事業の成功体験に引きずられる。
社内出身の社長や幹部は、かつてその会社の主流となる事業を創り上げたからこそ現在の地位にありつけた。

必然的に、当人たちの価値観や人脈は旧来の技術や商品を中心としたものとなる。

社内に新技術に注目する人材はいるかもしれないが、サラリーマンの立場上、偉い人から反感を買い、上司の顔面を殴ってまで会社のために進言などはできまい。

誰だって「明日の社運」よりも「今日の自分」の方が大事だ。


第3に、階層的な官僚構造では経営陣に生の声が届きにくい。
現場とトップの間に中間管理職が大量に存在している限り、伝言ゲームのようにノイズや非効率が発生してしまう。
現場の肌感覚では「そろそろウチの会社、やばいんじゃねえ...?」と気付いていても、それが経営陣に直に届くことはない。

旧部門を切れない

既存企業にとって、旧部門を殺すのは難しい。

日本の医薬品最大手・武田の創業は江戸時代だったが、成長の契機はビタミンC製造と輸入だった。

ビタミンは誰が作っても同じなので、製品差別化が困難な商品である。
医薬品と比べ利益率も低い。技術革新の余地も少ない、薄利多売のジャンルだ。

2000年以降、世界のビタミンC市場を席巻しているのは中国の国有企業だった。
どこで作ってもビタミンCはビタミンCであり、全世界でほぼ共通の市場価値がついている。

コスト競争力で中国に敵わなかった武田のビタミンC事業は徐々に採算が悪化していった。
それでも、武田がビタミン事業をドイツのBASFに売却したのは2001年以降のことだった。

武田の「損切り」には、事業の「選択と集中」という医薬品業界の世界的潮流だけでなく、カルテル事件に対する欧米の独禁法当局からの刑事訴求と巨額の罰金、そして創業家出身による「独裁的な経営スタイル」が必要だったという。

パナソニックが60年超の歴史を持つ半導体事業を売却する際、津賀一宏社長は

「現場の苦労は痛いほど分かっているつもりだ」

と苦しい胸の内を明かしたという(2019年12月17日の日経新聞19面より)

黒字化の目が消え、どうしようもなくなってやっと売却を決めた。

よほどの覚悟がないと、旧部門は切れないのだ。

経営者も旧部門には思い入れがある。
苦楽を共にした仲間もいる。
自分を励まし育ててくれた同僚や先達もいる。


全部、切り捨てられるだろうか?


普通のサラリーマン社長に難しい決断なのは明らかだろう。

2年か3年、あるいは自分の任期を乗り切れば悠々自適な老後が待っているかもしれないのだ。
ババさえ引かなければ、わざわざリストラして人に恨まれずに済むかもしれない。

そのため、経営者には常に先送りの圧力がかかり続ける。

前向きに検討し、にっちもさっちもいかなくなるまで抜本的な改革を後回しにしてしまいがちだ。

結局、「既存事業の成功によって成長した大企業は新しい時代の潮流に対応していくことはできない」とは言わないまでも、非常に困難なのである。


「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

  • 作者:伊神 満
  • 出版社/メーカー: 日経BP
  • 発売日: 2018/05/24
  • メディア: 単行本

この記事は『イノベーターのジレンマの経済学的解明』を参考にして書いた。

『イノベーターのジレンマの経済学的解明』ではクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』で明らかにされた「既存企業が失敗する理由」を実証分析したものである。

読みやすい本ではあるが、中身は大変に濃く、文章が面白く、そして人に語りたくなってしまうような知見がたくさん詰め込まれている。

年末年始の読書におすすめしたい本だ。

なお、この本を読むにあたって、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』を読んでいる必要はない。


その他の記事:大企業がリストラされるような社員を育ててしまう理由を考える