「トラック一杯分、古書一千万円」司馬遼太郎さんの史料収集術



司馬遼太郎さんが描く歴史小説に影響を受けた人は数知れない。

少し前にプロ棋士の藤井聡太さんが小学5年生までに『竜馬がゆく』を全巻読破していたと話題になった。

ソフトバンク会長の孫正義さんも若き日に『竜馬がゆく』を読んで青雲の志を抱いた。

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司馬遼太郎さんの史料収集への執念は図抜けていた。

その蔵書数はなんと、60万冊。
そのうち30万冊が「司馬遼太郎記念館」に収蔵されている。

司馬遼太郎さんの編集を担当した森史郎氏は著書『司馬遼太郎に日本人を学ぶ』の中で、

「司馬さんの資料収集たるや、半端なものではない」

と語っている。

司馬遼太郎さんの古書好きは作家になる前からであった。
新聞記者時代からずっと、暇さえあれば付近の古書店をめぐっていたのだという。

「司馬さんは無趣味で、史料読み以外に愉しみがない人」と司馬さんの妻、みどり夫人は言った。

司馬さんは歴史小説家になる前からずっと、史料を読み続けていたのだ。

1960年、産経新聞文化部長時代、37歳で『梟の城』で直木賞を受賞した。
作家として執筆活動に専念するのは翌1961年からで、それまではいわゆる「副業」として作家をやっていたのだろう。

ちなみに村上春樹もジャズ喫茶をやりながら小説を書いていた。
作家に専念したのは『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞してから2年後のことである。

司馬遼太郎さんの史料収集に話を戻そう。

1966年、43歳の司馬遼太郎さんは『竜馬がゆく』の執筆を開始した。
そのときにいくつかの司馬伝説が生まれた。


ある日、東京・神保町の古書店に司馬さんから注文が入った。

「坂本竜馬に関する史料をすべて集めてくれ」

との依頼である。

明治8年に創業した高山本店の店主によると、

「先代の父・富三男の時代に、竜馬関係のあらゆる書籍・古文書の類はすべて集めて大阪の司馬宅へ送った。軽トラック一杯分はあった

そうだ。

『坂の上の雲』のときも同じだった。

司馬さんから声がかかったお陰で、神田古書街から日露戦争に関する古書はすべて消えてしまったという。

作家の井上ひさしさんも史料収集に熱心な作家であった。
そんな井上さんが一度、愚痴を言ったことがある。

「司馬さんとテーマが重なってねえ。史料を探してもらったけど、先に司馬さんが手を付けていて神保町界隈には一冊もない、というんですよ。参っちゃったなァ」


司馬さんの資料収集のルールはシンプルである。

とにかく史料的勝ちがあろうとなかろうと、関係する小書籍、書簡等いっさいを集める。

古書店主は手当り次第類書を集めればよいわけで、良書を選ぶ手間がかからない。
神保町にとっても旨味のある良い客だったのだろう。

司馬さんは史料収集に特別な方法があるわけではない、という。

「事実を冷厳な眼で徹底的に調べ上げて行くこともやらなければならないが、これには特別な方法があるわけではない。

ただ直感と経験で活字がむっくり起き上がってくる本、書物の中がわき立ってくる本、実感のこもっている本にめぐりあうことがあって、それを拠りどころにして一歩一歩推し進めて行く」

優れた歴史小説を書くために費やさなければならない労力の一端が垣間見える発言である。

司馬遼太郎さんの速読

玉石混交の史料の山の中から宝を探し出す。
司馬遼太郎さんの史料の処理速度は編集者が驚くほど速かった。

「司馬さんは史料を素早く見て、パッパッと右から左に片付けていく」

地方取材で司馬さんと同行した編集者である和田宏さんも似たような述懐をしている。

地方郷土史家が提供した古文書類を手に取ると、司馬さんは次々と瞬時にページをめくっていく。

「斜め読みされているのかな」

と思っていると、いざ史料対談がはじまってみると、驚いたことに初見のはずの史料を事細かに読み終わっていて、史家との話が実にスムーズに運ぶ。

和田さんはそんな司馬さんの様子を見てあっけに取られたそうだ。

「おどろくことは何度もありましたね。
思うに、あのスピードは古文書1ページごとに写真を撮るように、カシャ、カシャと脳裡に刻み込まれているんじゃないか。
とにかく凄い人の一語に尽きる」


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書籍代をケチってはいけないが、積ん読には反対

ここからは僕個人としての考え方を綴りたい。

司馬遼太郎さんの史料収集の話は学生時代にもどこかで読んだことがある。
それに、司馬遼太郎さん以外にも多くの成功者が

「書籍代をケチってはいけない」

と言う。

本は迷わず買え。本よりも費用対効果の高い投資はない、と。

その言葉を信じて、僕は学びたい分野があると関連書籍を山ほどAmazonで買ってきた。
平均すると月に3万円以上は書籍に投入してきたと思う。

しかしながら、どんなに本を買っても全ての本を読破できるわけではない。
棚に並んだ本の数は、所有者の知識量を表すわけではないのだ。

むしろ本棚に本が並びすぎると、「あれも読まなきゃ、これも読まなきゃ」と意識が分散されて、どれもこれもが中途半端になってしまう。
そのことに気付いてから僕は、大量に並んだ未読の本を片っ端から売り払った。

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僕は今でも「書籍代をケチってはいけない」という主張には強く賛成したいが、「関連書籍をすべて買う」みたいな、いわゆる“司馬の大人買い”的な買い方には反対である。

本を大人買いしても、常人では全て読みこなすのは不可能だろう。
一冊ずつ、読むに値する本を読んでいけばいい。

それに司馬遼太郎さんだって、記者時代からずっと古書を読み続けてきた経験があるのだ。
背景知識が豊富にあるからこそ、史料の速読も可能だったのではないか。

さすがの司馬さんと言えども、数学の本を速読で理解することはできないだろう。
自分の専門分野だからこそ、パッパッとめくりながら、「知らないところだけを確認する読み方」ができたのかもしれない。

まぁ、あの司馬さんだったら脳に本の内容を映像で保管することもできたのかもしれないが...。
どちらにしても、僕も含めて普通の人に司馬式の速読は真似できない。

10年以上の“本の大人買い”の失敗を経て、今では大量の本を速読するより、「これは!」という本を何度も繰り返し読む方が効果が高いと確信している。


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司馬遼太郎に日本人を学ぶ (文春新書)

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