なぜ私たちは定時で帰れないのか



新卒で入社したときに出席した初めての飲み会で、バブル期に入社した当時の課長が何度も昔を懐かしんで語っていました。

「君たちは今の時代に入社できてよかったよ。
俺が若い頃は終電で帰ることが当たり前だった。
夜の10時から飲んで、12時に会社に戻って寝ることもよくあった」

これが巷で話題の「残業自慢」なのかと新鮮な気持ちになりましたが、当時は僕も意識が高く、そして今の128倍くらい素直な心を持っていたので、

「すごいです!実はそういう会社員生活に憧れてます!
僕も身を粉にして働いて、一刻も早く皆様のお役に立てるようになりたいです!」

などと答えていました。

バブルの頃に入社した人たちは残業に対してとても前向きな印象があります。

リゲインの有名なコピー「24時間働けますか」はバブル崩壊直前、平成元年(1989年)のものですが、当時のCMを見てもどこか「24時間戦うサラリーマン」に前向きな空気があります。

ちなみにバブル崩壊後の平成3年には「24時間、戦うあなたに」にキャッチコピーが変更され、平成8年には「その疲れにリゲインを」に変更されています。

令和時代のキャッチコピーはおそらく

「残業せずに帰れますか 定時帰宅のあなたにリゲイン」

となるでしょう。

残業の歴史

1911年に工場法によって「女性と子供の労働時間は12時間」と制限され、1930年代から「残業」という言葉が使われ始めました。

1947年の労働基準法制定により、一日8時間・週48時間の法定労働時間が定められたものの、労働基準法第36条の「労使間で取り決めを結べばその上限を超えることを認める」という抜け穴も作られました。

1970年代〜1980年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた時代の高度経済成長を支えたのは日本の残業文化でした。
狂気じみた働きぶりを見せる日本人に欧米人は恐れを抱き、

「日本の躍進は過剰労働に支えられている。おかしいやろ。なんとかせい」

と非難を受けたのです。
そんな国際的な外圧を受けて、年間総騒動時間を1800時間にする「新前川レポート」が報告されました。
外圧による労働時間の削減の流れもあって、「全体としては」平均労働時間が減ってきたように見えます。

しかし実態は日本企業はバブル崩壊後の不況で、アルバイトやパートなどの時給制の労働者を増やしてきたのです。
長く働く正社員と、短く働くパートタイム労働者の「二極化」が進んだわけですね。

そのため全体の平均労働時間は短くなって見えますが、フルタイムの雇用者の平均労働時間は高止まりしたままとなっています。

日本の会社はなぜ残業が発生しやすいのか

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日本の労働で残業が発生しやすいことには構造的な原因があります。

ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用

日本以外の多くの国では「ジョブ型」という雇用システムがとられています。
これは雇用契約時に「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」という書類を交わして、一人ひとりの仕事の範囲が明確に規定される仕組みです。

それに対して多くの日本企業は「メンバーシップ型」と呼ばれる雇用システムを採用しています。
メンバーシップ型雇用では、先に「人」を採用してから「仕事」を割り当てるのです。

結果として、「この仕事は誰の仕事」という明確な境界線がつきづらくなり、「職場で他の人の仕事が終わってなければ手伝わなければ気まずい」という現象が起こります。

自分の仕事が終わっても帰りづらい空気が職場にないでしょうか。

「仕事」に対して「人」が雇われていないため、見つけようと思えば仕事は無限に見つかります。
職務の範囲が決まっていないため、上司の裁量一つで延々と仕事が降ってきて、やれどもやれども仕事が終わらない状況が生まれてしまいます。

また、そのような「降って湧いてくる業務」は「優秀な人ばかりに集中する」ことが調査からわかっています。
組織が短期的な成果を求めるようになったため、優秀で仕事が早い人に仕事を振って任せる傾向が強くなったからです。

結果として優秀な人に仕事が集中し、残業まみれになってしまうのです。

曖昧な職務範囲による弊害は「帰りづらい空気」や「業務の偏り」に限りません。
仕事が振られることが嫌で「フェイク残業」する人も一定数いることがわかっています。
パソコンを開いて仕事をしたフリをするのですね。めちゃくちゃ不毛な時間です。だって仕事ないのに仕事したフリをして会社に残るんだもの。

今でこそ「メンバーシップ型雇用」は様々な面から批判されていますが、会社がどんどん大きくなり、業態も次々と変化していった高度経済成長期には合理的に機能していました。

前の年と次の年の仕事内容が別のものになるのが当たり前のような、爆速で成長する会社では、人を雇って色々な仕事をローテーションさせる方が効率が良かったのです。

そんな古き良き時代の慣習が今でも残っており、最近では「専門性が身につかず、社内の仕事しかできない」中高年のリストラが問題になっています。

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残業に幸福を感じている

職場にはやたらと辛そうに残業している割に、なかなか帰ろうとしない人がいます。
仕事がなくても「どちらが残っていられるか」を競うかのように会社に残り、その忠誠心をアピールしている(ように見える)人です。

パーソナル研究所の調査によると、超長時間の残業をしている人は、主観的な幸福感が高まっていることがわかったそうです。
月の残業時間が45〜60時間くらいまでは残業が増えるにつれて幸福感が下がっていく一方で、60時間を超えると幸福感は高まっていくのです。

超長時間労働が当たり前になっている人は「仕事が自分の思う通りになっている」という自信があり、「仕事にのめり込んでいる」という没入状態に近い感覚があることがわかっています。

そのような「フロー状態」に入ることで主観的な幸福感が増すのだろう、というのが後に紹介する『残業学』中原淳先生の主張です。

残業でアピールする

  • 終身雇用で働くことを前提としていること
  • 出世を期待していること

などが残業に駆り立てるインセンティブとなっています。
成果ではなく労働時間で評価される傾向のある職場では、残業によるアピール合戦が顕著です。

「頑張っていることをアピール」し、「組織と一体化していることを証明する」ために残業されている傾向があることは、
誰もいない「朝」よりも、みんなが残っている「夜」に残業が集中しやすいことからも明らかでしょう。

みんなが残っているときに残業して見せないと意味がないのです。


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他の人が残っているから帰りにくい

残業を生みやすい職場を調査した結果、残業への影響度が一番高いのは「周りの人がまだ働いているから帰りにくい空気」だったそうです。
「休憩を惜しんで作業を進める雰囲気」や「始業前に出社するのが奨励される」など、明文化されていない暗黙の了解が同調圧力となり、「帰りにくい空気」を醸成します。

囚人のジレンマよろしく、実際は全員が「さっさと帰りたい」と本音を持っていても、

「周りの人に嫌われたくないから残業しよう」

と考えて、全員が残業を選んでしまいます。

空気を読んではいけない (幻冬舎文庫)

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職場には「残業インフルエンサー」なる人物がいます。

「毎日終電まで残って4時間しか寝てないよ」

などと言い、長時間残業して活躍する人です。
社内では憧れの目で見られることが多く、こういう残業インフルエンサーが「帰りにくい雰囲気」を助長します。

残業は社内で感染していく病なのです。

残業代を前提にして家計を組み立てている

残業代を前提として家計を組み立てている人が60%程度いることがパーソナル研究所の調査から導き出されました。
基本給だけでは生活に足りないので、残業代をもらわないと生きていけないのです。

残業代を家計の前提にしてしまうと、そもそも残業を削るなんて発想にはなりません。
残業代が減るとライフスタイルやライフプランを変えなければならず、大きな痛みが伴うからです。

そもそも基本給が安すぎるのか、あるいは贅沢しすぎているのです。

関連記事:『転職の思考法』はキャリアに迷っている会社員に刺さる内容だった

『残業学』という良書

この記事は中原淳さんの『残業学』を基本資料として書いています。
この本は約2万人を対象に大規模調査を行い、そこで得られたデータとエビデンスを元に残業の構造を分析している良書です。

なぜ残業が発生するのか、その対策は何か、というところまで踏み込んで詳細に解説されており、
会社の残業文化に疑問を持つ人や、働き方改革に携わる人にとっては大変興味深く読み進められる本です。

僕は頷きながら一気に読みました。
この記事をここまで読んでくれた方には間違いなく響く内容だと思います。

残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? (光文社新書)

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働き方改革を行わなければならない理由

日本の2016年の高齢化率(総人口に対して65歳以上人口の占める割合)は27.3%で世界一です。
50年後の2065年には38.4%となる見込みです。
一方、少子化により増え続ける高齢者を支える働き手の割合は減少しています。
2015年は1人の高齢者を15〜64歳2.3人で支えていたのが、2065年には1.3人となる見込みです。

労働人口が毎年毎年減っていく人手不足の日本で、この超高齢化社会を乗り切るためには「働く人」を増やさなければなりません。

育児や介護、病気などの様々な制限がある人も含めて「誰もが働ける社会」へとシフトさせる必要があるため、
今の「長時間労働が可能な一部の人」だけが働ける社会を変えていかなければならない、というのが中原淳先生の主張です。

わたし、定時で帰ります。

2019年4月から火曜ドラマで『わたし、定時で帰ります。』が放送されます。
小説を読んでいる途中ですが、職場にいる人を大袈裟にした感じで笑いながら読み進められます。

もしかしたら読みながらイライラしてしまう人もいるかもしれません。
「あ、こういう奴いるわ〜」と。

合理的な振る舞いを拒否し、「空気」で物事を判断し、非効率的かつ不合理な状況に自らハマっていく様子は、さながら太平洋戦争の日本軍のようです。『わたし、定時で帰ります。』は日本企業で働く人にとっては頷ける内容が多いと思います。

TBSで毎週火曜夜10時からなので、残業せずに帰って見たいですね。

わたし、定時で帰ります。 (新潮文庫)

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