俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

4月のある晴れた昼に100パーセントの女の子に出会ったことについて

4月のある晴れた昼、あるターミナル駅の中で僕は100パーセントの女の子とすれ違う。
20メートルも離れたところから、彼女の横顔を見ただけだったけど、僕にはちゃんとわかっていた。

彼女は僕にとっての100パーセントの女の子なのだ。
彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は不規則に震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

彼女は東から西へ、僕は西から東へ歩いていた。
とても気持の良い4月の土曜日だった。

たとえ電車に乗っている間だけでもいいから彼女と話をしてみたいと僕は思う。
彼女の身の上を聞いてみたいし、僕の身の上を打ちあけてもみたい。

2010年の4月のある晴れた土曜日に、我々がこの駅の改札の中ですれ違うに至った運命の経緯のようなものを解き明かしてみたいと思う。

きっとそこには平和な時代の古い機械のような温かい秘密が充ちているに違いない。

我々はそんな話をしてからどこかで昼食をとり、ディズニーの映画でも観て、ホテルのバーに寄ってカクテルか何かを飲む。
うまくいけば、そのあとで彼女と寝ることになるかもしれない。

可能性が僕の心のドアを叩く。

さて、僕はいったいどんな風に彼女に話しかければいいのだろう?


「こんにちは。ほんの30分でいいんだけど僕と話をしてくれませんか」


馬鹿げてる。まるで保険の勧誘みたいだ。


「すみません、どうやったらこの駅から品川に行くことができるかわかりますか?」


これも馬鹿げてる。
たいいち僕は右手にスマートフォンを持っていたし、既に行き先は検索済みだったではないか。

あるいは正直に切り出した方がいいのかもしれない。


「こんにちは。あなたは僕にとって100パーセントの女の子なんですよ」


彼女はおそらくそんな科白を信じてはくれないだろう。
それにもし信じてくれたとしても、彼女は僕と話なんかしたくないと思うかもしれない。

あなたにとって私が100パーセントの女の子だとしても、私にとってあなたは100パーセントの男じゃないのよ、と彼女は言うかもしれない。

そういう事態に陥ったとしたら、きっと僕はおそろしく混乱してしまうに違いない。

もちろん今では、その時彼女に向かってどんな風に話しかけるべきであったのか、僕にはちゃんとわかっている。
しかし何にしてもあまりに長い科白だから、きっと上手くはしゃべれなかったに違いない。
このように、僕が思いつくことはいつも実用的ではないのだ。

とにかくその科白は「運命は」から始まり、「悲しい話だと思いませんか」で終わる。



* * *


運命は、階段から落ちてきた。


目の前で、彼女が転んだ。
荷物をばらまいてしまった彼女を助ける。

「大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか。ありがとうございます」

「同じ方向なんですね」

「偶然ですね」


彼女が照れくさそうに微笑む。

「転んでるところ、見られちゃいましたね」

彼女は少し首をかしげて、困ったように笑った。

それは一瞬胸がつまってしまうくらいあたたかくて素敵な仕草だった。
温かい小さな空気の塊りが僕の肌に触れた。

電車を待つ時間と彼女の目的地までの時間、彼女と話し続け、連絡先を交換した。

この出会いをナンパと呼ぶ人は誰もいなかった。

100パーセント相手を求め、100パーセント相手から求められるということは、なんて素晴らしいことなのだろう。

しかし、その幸せは長くは続かなかった。

エスカレートするド素人みたいに、僕の非モテフルコミットはエスカレートし、彼女は反抗期の子供みたいなわがままを言い始めた。

わがままを聞くたび、そのわがままはエスカレートしていった。

彼女は僕にとっての100パーセントの女の子だった。
しかし、100パーセント彼女を愛したとき、僕は彼女にとっての100パーセントではなくなった。

運命は悲しい結末で幕を閉じた。


あの頃の僕に、力があったなら。

何年も昔を振り返りながら、Facebookを開く。
大きなお腹を抱えた彼女の写真を見つけた。
あの頃と変わらない笑顔で、幸せそうに笑っていた。


でも、今の僕の目から見た彼女は、どうしても100パーセントには見えなかった。
目が曇ったのか、頭が腐ったのか、それとも求める基準が高くなってしまったのかはわからない。

ただひとつ言えることは、誰かを100パーセントだと思えるのは「その時、その瞬間だけ」だということだ。
天使が降りてくる瞬間は、一度しかないのかもしれない。

5年前に好きだった女の子にデートに誘われても、何も感じなくなってしまった。
そして、無感情にLINEのやりとりをするときの方が、彼女をすごく好きだった時よりも、彼女の気持ちをこちらに向けておくという意味で、よっぽどうまくいくのが不思議だった。

100パーセントの女の子を100パーセント愛してしまったら、その恋愛がうまくいかなくなるのって、なんだかすごく悲しい話だと思いませんか。


* * *

僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきであったのだ。




<参考>
カンガルー日和 (講談社文庫)