朝井リョウの「何者」を読んで、就活していた頃を思い出した。



2016年10月15日に映画が公開された「何者」。
小説も読んで映画も観たけれど、この話はどちらかというと、小説で読んだ方が面白いかもしれない。

小説自体が現代風で、ツイッターに投稿される文章が物語の中で大きな意味を持つ。

登場人物も個性的で、ツイッターをやってる人が見ると、

「ああ、こういう奴いるわ~」

と思うはずだ。


たとえば、小早川里香という意識の高い就活生のツイート。

RICA KOBAYAKAWA

目標のOB訪問20人達成!名刺の効果スゴイかも。デザインも含めて、お気に入りのアイテムになって満足。
隆良からもらった名刺入れの色とかもバッチリで、早くこの百枚がなくなればいいな。
これからこれだけの人に出会えると思うと、ワクワク!
もっとたくさん人に会って、いっぱい吸収しよう。

ツイッターにはたまにこういう人がいるのではなかろうか。

最初は「うわぁ意識高ェ。努力してる自分見られたい人、Facebookにもいたわぁ」なんて思って読んでしまうが、話を読み進めると、また違った印象を抱くかもしれない。

ちなみに映画では二階堂ふみが彼女の役を演じる。
熱演であった。


その他にも、ツイッターあるあるが溢れていて、全ツイッタラーの必読書にしてほしいくらいだ。
逆に言うと、この物語ではテキストが大きな意味を持つので、映画ではその全てを表現しきれないのが少し残念であった。


あまり書きすぎるとネタバレになってしまうので、僕の就活話でもしよう。


魔のグループディスカッション


就活序盤の2月に、とある選考でグループディスカッションがあった。
今は選考タイミングが遅くなっているらしいが、当時は1月、2月にエントリーシートを書いて、3月に面接ピーク。4月頭に内定、というのが通常フローだったのだ。

グループディスカッションというのは、グループになった学生が机を囲み、与えられた議題について議論する選考のことである。
議論の中でどれだけチームの成果に貢献したかを見られるらしい。

最初にアイスブレイクと称する自己紹介タイムを与えられ、その後にお題が与えられる。

その時は、

「某テーマパークの利益を伸ばすにはどうしたらいいか」

のようなお題を振られた。

僕はアイスブレイクタイムではウケを狙うことを信条としており、その8割は場の空気的にダダ滑りするのだが、それでも自分を曲げるわけにはいかなかった。
自己紹介から就活は始まっているのである。

僕が寒い自己紹介をして失笑を買った後、コホンと咳払いをして隣の男は言った。


「私は慶應義塾大学に通っておりまして」

「慶應と言うとすごい大学と言われますが」

長々と続く慶應自慢を聞きながら、僕は思った。


君は大学に入ってから、何をやっていたのだ───。



自己紹介が終わった。

「始めてください」

と面接官が言うのとほぼ同時に、僕の隣にいた男が立ち上がった。

そして、自己紹介で慶應大学生であることを3回アピールしたその男は、ホワイトボードに大きな文字でこう書いた。



利益 = 売上 - 費用



神々しく輝くその数式を見て、僕は思った。


こいつはなぜ、こんな当たり前のことをドヤ顔で言っているのだ───。


彼は生き生きと議論を取り仕切り、まるで世界の中心にいるかのように振る舞った。

素直にすごい、と思った。
なんというか、東京の私立大学生は、就活に慣れている。

後で聞いた話だと、大学3年の夏には模擬面接やら模擬グループディスカッションの練習をするらしい。

大学3年の夏はというと、僕は合コンという名のグループディスカッションに明け暮れていた。
グループディスカッションは連日連夜開催され、合コンでウケを狙うことが僕の全てだった。

そんな意識の低い僕が敵うわけがない。


グループディスカッションが終わった後、慶應利益売上マンは言った。


「情報交換のために、カフェでも行かないか」


断る理由がなかったため、仕方なく一緒にカフェに行くことになったが、本心を言うと、こんな不細工と昼飯を食うくらいなら、別のグループにいた綺麗でおとなしそうな女子大生に

「グループディスカッションどうでした?」

と話しかけ、慶應利益売上マンの悪口を言いながら口説きたかった。
せっかくのチャンスに不細工と昼飯に行くのが極めて残念だった。

慶應利益売上マンは迷うこと無くブラックコーヒーを注文し、僕はカフェオレを頼んだ。
そして彼は言った。

「グループディスカッションお疲れ!」

「実はXX社(さっきGDした会社)、OB訪問したんだけどさ」


「サークルの先輩にXXで働いてる人がいて───」


と、延々と彼のOB訪問歴を聞かされることになった。

こいつは一体、何者なのだ。


なぜ、初対面の僕に、延々と自慢話をし続けるのだ。

これが合コンだったら女子はドン引きだぞ。

二度と連絡することのない携帯番号を交換し、その場を離れた。

彼は今、何者かになっているのだろうか。

意識の高いインターンシップ

同じく2月に、投資銀行のインターンに行った。
投資銀行というと、なんかすごそうな人が集まっていて、就活生のチャンピオンシップになっているイメージがあったので、記念受験してみたらなぜか受かったというわけだ。

結論から言うと、とんでもなく場違いな場所に来てしまった。

とにかく、参加している学生の意識が恐ろしく高い。賢い。そして、性格が悪い。

グループになって、一週間で「M&A戦略をうんたらかんたら」というお題を与えられた。
会社の近くのホテルを取ってくれているのだが、恐ろしいことに、インターンなのに寝ないのである。

意識が低いのは僕だけであった。

同じチームの男は当然のように言った。


「投資銀行のインターンで1日平均3時間以上寝るとか、ありえないよ」


僕は死を覚悟した。

ファイナンスの知識がほとんどなかった僕が

「ファイナンスって何で勉強するのがいいの?」

と聞くと、

神戸大学の経営学科でファイナンスの勉強をしているという彼は、「コーポレート・ファイナンス」と書かれた大きな黄緑の本を取り出した。


「これがファイナンスのバイブルだ」

コーポレート ファイナンス(第8版) 下

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題名の右下に「下」と書いてあった。
僕は思った。


「上」もあるのか──────。


お昼の雑談で、神戸大学の経営学科で勉強している彼は、ロジックの大切さを教えてくれた。

「大事なのはロジックだ」

彼は何度も強調した。

「物事をMECEに切り分ける癖をつけるんだ」

彼はまっすぐ前を向きながら言った。

「ミーシー?なんのアイドルの話だ」

僕は尋ねると、彼は嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。

「モレなく、ダブリなく、物事を切り分けることだよ」

「照屋華子のロジカル・シンキングは基本だけど、この界隈だとバーバラ・ミントまで読むのが常識かな」

投資銀行のインターンに来る連中は本当にすごい。
僕は嫌味ではなく、本気でそう思った。


彼らは雑談の中で、

「東大のXX学部のあいつはすごい」

とか、

「早稲田にXXっていう優秀な奴がいる」

なんて話を普通にしていた。

「東大のXXは本当にすごい。XX社の社員を論破していた

という話を聞いて、僕はその社員に心から同情した。


彼らは狭い業界の中で、選ばれし者同士で闘っているようだった。

何十万といるその他の就活生のことなど眼中にないかのように、彼らは話す。

彼らはとっくに舞台に上がっていたのだ。

僕が合コンにうつつを抜かしていた大学3年の夏から。
そして自分が会ったことのない、他大学の優秀な学生に刺激を受け、夏から冬にかけて大きく成長していたのだ。

僕は一人取り残されたような気分で、社員がごちそうしてくれる飯を食った。
いい値段がする食事なのに、あまり味がしなかった。

夏から冬にかけて、知識とロジックという武器を徹底的に磨き上げて再び舞台に上がる彼らと、何の武器も持たずに冬からデビューした僕との差は、途方も無く開いているように感じた。

2月の風が冷たかった。
インターンした企業の選考は当然落ちた。


oreno-yuigon.hatenablog.com

就活はドラマだ

就活は面白い。
色んな人と出会い、拒絶され、立ち直り、またチャンレンジする。

人間のドラマに溢れていると思う。

小説にこんなことが書かれていた。

就活がつらいものだと言われる理由は、ふたつあるように思う。
ひとつはもちろん、試験に落ち続けること。
単純に、誰かから拒絶される体験を繰り返すというのは、つらい。

そしてもうひとつは、そんなにたいしたものではない自分を、たいしたもののように話し続けなくてはならないことだ。

何社あるかわからない「第一志望の会社」。
盛りに盛ったエピソード。

すごい人になると、海外でボランティアしたというエピソードを捏造する奴もいた。

何がなんだかわからない。
嘘ばっかりな就活に嫌気がさすかもしれない。

「就活は楽しいよ」

なんて、就活うまくいった奴が爽やかに言うのを聞くと、脊髄反射的にブロックしたくなるかもしれない。

何社から内定が出ても、就活はしんどいし、疲れる。

でも、僕のショボい就活の経験で、間違いなくよかったと思ったことが一つだけある。

それは、就活で友達ができたことだ。

他の学校の面白い奴と、共通の話題で盛り上がることができる。
すごい奴から、学ぶことができる。

みんなが一つのことに本気で向き合っているから、すぐに打ち解けることができる。

あの時できた友達と、今でもたまに飲みに行くことがある。
嘘ばっかりの就活でも、その繋がりは虚構じゃなかったんだ、なんてね。

そうやって総合的に考えると、やっぱり就活やってよかった、って思えるんだけど、

だけど、総合商社受かった大学4年生がドヤ顔で始める就活コンサルだけは、やっぱり今でも納得いかない。


何者 (新潮文庫)

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考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則

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