俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

10000時間の法則は、ただ何も考えずに続けるだけでは意味がない


「継続は力なり」ということわざがある。
何事も上達するには継続することが大切であり、継続なくして優れた技能を身に付けることはできない、という意味だ。

僕はこのことわざが大好きで、コツコツと続けることこそが上達の道だと信じている。

一方で、上達するにはただ時間を重ねるだけでは意味がないこともわかっている。
毎日料理を作ってきたおばあちゃんが皆、料理の達人になっているわけではないし、毎日車を運転していたお父さんがF1ドライバーになれるわけでもない。

上達するためには「継続」に加えて「上達する意志」を持つことが重要で、常に健全な自己否定を繰り返し、

「もっと良くするためにはどうすればいいか」

を問い続けなければならない。


最近読んでいる「残酷すぎる成功法則」という本の一部で、一流になるには10000時間の鍛錬が必要だと書かれていた。

元ネタはマルコム・グラッドウェルの「天才!成功する人々の法則」という本で、一流のバイオリン奏者とそれ以外の奏者を区別するのは鍛錬の量である、と紹介されていた記憶がある。

この10000時間の法則がなんだか独り歩きしていて、

「とにかく10000時間を積み重ねれば一流になれる」

というような主張を見ることがたまにあるが、それは誤りである。

「残酷すぎる成功法則」に書かれていた内容を要約すると、上達するための第一条件は情熱を注ぎ、圧倒的な時間を費やすこと。第二の条件は常に自分を改善し続けること。
そして、第三の条件は優れたメンターにつくことである。

メンターとは師匠のことで、優れた人の多くは自身のキャリアの初めの方で素晴らしい師についていたという。

では師匠を見つけるためにはどうしたらいいか、という話もあるが、その話は本を読み進めて情報が見つかった時に紹介する。


ここからは僕が考える簡易版・師匠の見つけ方だ。

素晴らしい師匠を見つけて、横で技術を見て学び、吸収できる環境はとても恵まれている。
そんな環境が手に入ったらどれだけ素晴らしいことだろうと思うが、現実問題、すぐにそういう環境を手に入れることは難しい。
運もあるだろう。

一方で、仮の師匠を見つけるだけなら、インターネットを使えば割と簡単にできる。
たとえば、バスケットボールのスキルを上達させたいとする。

今ならYouTubeを開けばいくらでもグッドプレイ集が見つかるから、動画から技を学べばいい。
そして、学んだ技を自分で真似してみる。できればビデオを撮って、客観的に観察してみる。
観察して、どうやったら動画に近づくことができるか考える。また練習する。

文章を上達させたいなら小説を読んで、ノートに好きな文章を書き留めておくといい。
時々ノートを見返して、自分でブログでも小説でも書いてみる。好きな作家ならどうやって書くだろうか、と考えながら、少しずつ自分の文章を改善していく。

プログラミングを上達させたいなら、オープンソースを読んで真似してみるのもいいだろう。

つまり、

  1. 手本となるものを見つける
  2. 見つけた手本の真似をする
  3. 真似をした自分を客観的に見つめる
  4. 手本に近づけるにはどうしたらいいかを考える
  5. 手本としたスキルに習熟する
  6. 新たな手本を見て学ぶ

というサイクルを繰り返すことにより、師匠につくのと同じレベルで学習をすすめることができる、と思っている。

生身の師匠を見つけるよりもハードルが低いし、今すぐにでも始めることができるだろう。


今日は久しぶりにブログを書いた。
久しぶりに長文を書くと勘が鈍っていて、なかなかうまく言葉が出てこない。ここでも継続の大切さを痛感した。

もっと上手な文章を書けるようになりたい。
読んでくれる人を感動させることができるようなストーリーを綴れるようになりたい。

その想いは今も、抱き続けている。

今日の記事をリハビリとして、軽めの記事でもいいからと自分自身のハードルを下げつつ、継続してブログを書き続けたいと思う。
そんな意思表明の記事である。


残酷すぎる成功法則

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