俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

仮想通貨の暴落を見て、スロットで大負けした学生時代を思い出した。


仮想通貨のバブルが弾け、ツイッターのタイムラインに「暴落」の二文字が並んでいる。

少し前に「億り人になりました」とブログを書いていた人が突然、「今日で仮想通貨を引退します」と宣言していたり、仮想通貨界隈が落ち着かない。

タイムラインには

「-10,000,000」

みたいな、1,000万単位の収支報告が飛び交い、バブルの片鱗を見せつけられた。

そんな様子を見て「飯がウマイ」と不敵に笑った僕の顔は、人生最高に歪んでいただろう。

驕れる者は久しからず。
有頂天になっていた翌日に地獄に叩き落される感覚。

ああ、これは。

僕は頭を抱えた。

学生時代の僕の姿だ───。


あの頃の僕は驕っていた。

スロットに勝って、気持ちも驕り、友達には飯を奢り、

こんなに驕ったのは平家か俺か

というくらい驕っていた。

大学1年の冬から2年の秋にかけてのことである。


大学1年生の冬に、人生で初めてパチンコ屋に行った。

耳の中でタンバリンが鳴っているんじゃないかと思えるくらいのひどい騒音と、煙草の煙。
あまりの煙で視界が曇って見えた。

台の上にはよくわからない数字が並び、皆イライラした顔でタコやら魚が流れる画面をじっと見つめていた。

友達が勝ったという噂を聞いて、なけなしの5000円を握って台を選ぶ。

生きるか死ぬか。
この勝負に負けたら、明日からは飯を食えない。
友達の家に転がり込んで飢えを凌ぐしかない。


そんな覚悟で、交換機に1000円を入れた。
機械が無言で札を吸い込んだ。

「あんなに頑張って稼いだ1000円がこんな簡単に吸われるのかよ」

俺の1時間の時給を2秒で食うなよ、と内心毒づきながら、玉を出す。

じゃらじゃら出てきた玉を恐る恐る弾いていたら、目の前の液晶画面で突然「7」が揃い、次から次へと玉が出てきて止まらなくなった。

椅子の後ろに積み上がる箱の山。

パチンコ玉を詰め込んだ箱には「絶好調」と書かれた札がささり、周りの人の視線も背中にささった。


10万円。


大学1年生の僕にとって、10万円は見たこともない大金だった。


すぐに彼女を呼び、大学生活で初めて「お店の焼肉」を食べ、それからお札を両手に持ってプリクラを撮り、

「10万円、勝ちました!!1月20日」

と落書きした。

「プリクラ」というのは写真を撮る機械のことで、当時はスマートフォンなんてなかったから、出かけるたびにゲームセンターに入ってプリクラを撮っていた。
プリクラを撮って、交換するのが女子高生の間で流行っていて、「プリクラ帳」と呼ばれるプリクラのアルバムのようなものを作っていたのであった。

そんな、天から降って湧いてきたような10万円は、1ヶ月も経たないうちに全てなくなった。

人間、努力しないで得た金を大切にすることはできないのである。

金がなくなっても金遣いの荒さがなくなることはなく、ひどく苦しい日々を送った。

バイトで少しのお金が入るたびにパチンコ屋に行きたくなり、僕は完全にギャンブルに依存していた。勝利の感覚を忘れられずにいた。

バイト代は3日でなくなり、実家から送られてきた白米だけで生きる日々が続いた。

このままでは死んでしまう。
でもパチンコはやめられない。勝つしかない。

そんな負け続きのカイジのような生活を送っていたところで、

スロットで100万円を稼いだ男がいる

という話を聞いた。

話を聞くと、その伝説のギャンブラーはたまたま部活関係の先輩だったので、すぐにメールを送って会いに行き、弟子入りを志願した。

深夜のラーメン屋に誘ってくれた彼は、まずい醤油ラーメンを食べながら言った。


「この世は弱肉強食だ。強い奴は生き、弱い奴は死ぬ。

お前は弱いからホールで生き残れなかった。それだけだ。

そして、強さとは知識のことだ。

これからは俺についてこい」

恐れを知らない王様のように、彼は言った。

「どこまでもついていきます」と僕は答えた。

それから彼は、僕を部屋に呼んでくれた。
部屋の奥の方からゴソゴソ何かを取り出してきて、

「これを見ろ」

と見せてきたのは、札束だった。


「俺はこれを全て、ホールで稼いだ」


「お前に覚悟はあるか?」と彼は訊ね、僕は力強く「あります」と答えた。

それから約半年の間、毎日毎日、彼と一緒にスロット屋に入り浸った。

「いいか」彼は何かを説明するとき、必ず溜めを作った。

スロットは期待値のゲームだ。

期待値がプラスなら長期的に勝ち、期待値がマイナスなら長期的には負ける。

それだけのことだ」

と彼は言った。

「ホールは人生の縮図だ。情弱がむしられ、賢い奴が勝つ。世の中は情報戦なんだ」

彼はメモ帳を取り出し、スロットの台の上にある「回転数」を書き留めた。

「庶民がやってるのはただのギャンブルだ。奴らは何も考えていない。
勝てる奴は運に頼らない。勝つべくして勝つのが俺のやり方だ」

と言って、どの回転数のときにどんな機種のスロットを打てば勝てるのかを丁寧に教えてくれた。
彼と一緒にスロットをやると、たまに負けることはあっても、一ヶ月単位で見ると必ず勝つことができた。

それまで稼いでいたバイト代の5倍以上のお金が毎月転がり込んでくるようになった。

もはやギャンブルをやっているという感覚はなく、プラスの期待値を拾いに行く、という方が正しかった。

毎朝7時に起きてスロット屋に並び、雨の日も風の日も、熱い日も寒い日も、合コンの日もデートの日も、一度も欠かすことなく閉店間際、23時のスロット屋に駆け込み、回転数をメモして回った。

ダメな方に関しては、僕は誰よりも勤勉だったと言えるだろう。

そして、スロットで勝つたびに友達に酒を奢った。

「いいじゃん。スロットで勝ったんだろ?儲けたんなら奢ってくれよ」

と皆が言う。
皆、わかっていないのだ。

スロットで稼いだ金は、明日にでもなくなるかもしれないってことを。
決して安全に稼いだ金ではない。

リスクを受け入れて、金がなくなる覚悟で、期待値に賭けた結果の儲けなのだ。

そんなことは、非スロッターには伝わらないし、伝える必要もなかった。

僕は惜しむことなく奢りまくり、余った金は服や漫画につぎ込んだ。

お金は稼いだはずなのに、手元には残る金は次の勝負の軍資金だけだった。

やがてスロットの仕様が変わり、まるで勝てなくなって僕はホールから離れた。
稼いだはずの金は何に使ったかもわからぬまま溶けてなくなり、手元には何も残らなかった。


ギャンブルで勝った金は他人から見るとあぶく銭である。
金に色はないが、人の感情には色がある。

ギャンブルで儲けたあぶく銭で飯を奢っても人から感謝されることはなく、どちらかというと人間としての品格が下がったように感じた。

短いスロット生活から学んだことは四つある。

一つ目は、お金は稼ぎ方と同じように、使い方も大事だということだ。

パッと儲けた金をばら撒いたところで、誰の心にも響かない。
払った額よりも、費やした時間と気持ちが大切なのである。

これはプレゼントでも同じだろう。
人の心は、お金よりも手間に反応するものなのである。


二つ目は、一度金遣いが荒くなると、その後しばらく金の使い方は直らないということ。

一度生活水準を上げてしまうと、そこから下げるのはすごく難しい、という経済理論があったと記憶している。
財布の紐も同じで、一度緩んでしまったらなかなか元に戻すことができない。

僕はスロットで金を稼ぐことで、お金を稼ぐ苦労のようなものをちゃんと学ばずに、あればあるだけ使ってしまう癖がついた。その癖を直すのにものすごく苦労した。
家計簿をつけてお金の流れを把握し、節約目標を明確に設定して自分にコミットするまで直らなかった。

特にギャンブルで稼いだ金は考えなしに使ってしまいがちなので注意が必要である。
東郷平八郎という昔の偉い人は日露戦争で勝ったときに、

「勝って兜の緒を締めよ」

と言った。

彼に習って言いたい。

ギャンブルに勝ったときは、財布の紐を締めよと。


三つ目は、ギャンブルに費やした時間は積み重ねにならないということだ。
毎回毎回失敗していることだけど、僕はギャンブルとか女遊びとか、将来何も残らないものに時間を注ぎ込みすぎていた。

スロットの時間を英語の勉強に使っていたり、あるいは勝ったお金でコツコツと投資信託を買っていれば、今ずいぶん楽ができているに違いない。


最後に、お金を稼ぐためには知識と情報がとても大切だということを学んだ。
スロットのように傍から見るとギャンブルに見えるようなものでも、勝つ人は必死に情報を集めている。

良い情報を見分けるために必要なのが、知識だ。

そして、知識と情報を持たない人は運に頼ってお金を注ぎ込み、そして失う。

これは今回の仮想通貨にも通じる教訓だと思うのだ。