ピーター・ティールという人物を知っているだろうか。
スタートアップの聖地シリコンバレーで偉大なテクノロジーのパイオニアと崇められており、存命ながら既に伝説となっている人だ。
世界最大のオンライン決済サービスのペイパルを創業し、後に15億ドルで売却。
共同創業者であったティールはそのうち約5500万ドルを手に入れた。
2004年、ペイパル売却で得た資金で新会社パランティア・テクノロジーズを創業した。
データマイニングを行うソフトウェアを開発や、セキュリティに関するソリューションの提供を主要業務とする。
2017年春の時点でパランティアの企業価値は200億ドルに達した。
また、ティールはフェイスブックに対する初の外部投資家としても有名である。
2004年、ドットコムバブルが弾け、多くのベンチャーキャピタリストがフェイスブックのようなBtoCプラットフォームへの投資を避ける中、ティールは50万ドル出資し、株式の10.2%を取得した。
2012年5月の株式公開時に1680万株を1株あたり38ドルで売り、それによって6億3800万ドルを得た。
2012年8月、既存株主の売却禁止期間が終わってから彼はその他の持株を3億9580万ドルで売却し、全部で10億3380万ドルを手にして、2017年4月時点でいまだに500万株を保有している。
全体としてティールは50万ドルの投資から17億ドルを得たことになる。
競争するな、とティールは言った
ティールは『ゼロ・トゥ・ワン』として伝説となったスタンフォード大学でのスタートアップ講義で、「競争するな」と学生に熱く語った。
「競争は負け犬がするもの。まわりの人間を倒すことに夢中になってしまうと、もっと価値があるものを求める長期的な視野が失われてしまう」
ティール自身、競争に明け暮れた青年時代を振り返り、あの競争は誤っていたと発言している。
ティールは元々大変な秀才で、小学校から優秀な成績を修めていた。
1985年にサン・マテオ後攻をオールAで卒業し、出願した全ての大学から合格通知がきた。
ハーバード大を含むありとあらゆる一流大学からが来るような神童でもあったが、ティールは「その競争からは幸福感も充実感も得られなかった」と言う。
ちなみにティールは後に、スタンフォード大での講義でハーバード大について以下のように語っている。
「あそこの学生たちはアスペルガー症候群の対局にあります。
やけに外交的で、自分の考えというものを持っていない。
2年間もこういう連中と一緒にいると、群衆本能ばかりが発達し、誤った決断を下すようになってしまいます」
もう少しティールの人生を振り返ってみよう。
秀才ティール君の初めての挫折は25歳のときに訪れた。
1993年、ティールは連邦最高裁判所の面接を受けたときのことである。
連邦最高裁判所の事務官は数万人が応募して、採用されるのはほんの数十人の超エリートコースだった。
面接の手応えはあったが、結果は不採用。
ここでの面接で不採用だったのがティールにとって人生最大の挫折で、人生最高の幸福でもあった。
「あのポストをめぐる競争に勝っていたら、僕の人生はもっと悪いものになっていたでしょう」
と後にティールは語っている。
それからティールはニューヨークに移り、大手法律事務所のサリバン・アンド・クロムウェルに職を得た。
サリバン・アンド・クロムウェルでの勤務時間は週80時間。正式なパートナーへの昇格を目指し、身を粉にして働いた。
そんなニューヨーク時代をティールは「人生の危機だった」と振り返る。
「外から見ていると、誰もが中に入りたいと憧れるけれど、中に入ると誰もが飛び出したくなるんです」
日本国の銀座コリドー街で幅を利かせるエリートサラリーマン達も似たような苦しみを抱いているのかもしれない。
終わらない残業と苛烈な出世競争に肉体と精神を削られながら、夜中まで明かりが消えないオフィスのように、今日も彼らはコリドーで輝き続けている。
さて、「こんなところにいたらダメぽ」と法律事務所を飛び出したティールは、1993年から96年までニューヨークの投資銀行クレディ・スイスでデリバティブのディーラーとして働いた。
当時の稼ぎは年10万ドルであったが、生活は決して楽ではなかった。
ニューヨークの暮らしは高くついた。
一流の銀行員たるもの、毎日高いスーツを着て、最高級のレストランに通わなければならなかった。
ティールの時代とは異なるが、世界で最も家賃が高い21都市という記事を見つけた。
ニューヨークの家賃の高さは世界3位。
東京の約1.5倍の水準である。こんなところに住んでいては貯まるお金も貯まらない。
死ぬほど働いても家賃で金は溶けて消えていく。
ティールはこの熾烈な競争に息が詰まってしまっていた。
高すぎる生活費と容赦ない競争圧力。
ティールにとってはこれはゼロ・サムゲームだった。
ティールはきっぱりとシリコンバレーに帰る道を選んだ。
それからのインターネット業界でのティールの躍進は冒頭で書いた通りである。
人は無意味な競争に駆り立てられ、目的を見失う
2014年、友人の起業家ティモシー・フェリスのポッドキャスト番組に出演したティールは
「若い頃を振り返ると、僕は不健全なコースを歩んできて、競争に勝つことばかり考えていたのも不健全でした。
そういう人間は、他の人と争う場面ではいい成績を上げますが、陰でたくさんの犠牲を払っているんです」
と語った。
ティールの世界観に決定的な影響を与えたのは、スタンフォード大の教授であった著名フランス人哲学者、ルネ・ジラールである。
ジラールによれば、人間の行動は「模倣」に基づいている。
人間には他人が欲しがるものを欲しがる傾向がある。
したがって模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。
ティールはフォーチュン誌のインタビューで以下のように熱弁をふるった。
「摸倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって争う理由なんです。
経済学者たちは競争は利益を置き去りにすると言いますが、これは非常に重要な指摘です。
ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。
競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものをめぐって必死に闘い、時間との闘いはさらに熾烈になるんです」
ティールの発言を読みながら、会社での残業競争を思い出した。
会社では
「みんなが帰らないから帰らない」
「忙しいことをアピールし、大変そうに見せる」
みたいな、不毛な熱意のアピール合戦が繰り広げられていた。
ツイッターでも元々は女遊びを楽しんでいた人が、だんだんと周りに影響を受けて「経験人数競争」に身を投じ、果てなき競争に消耗し、つらそうにしている人を見かけたことがある。
競争は人間を疲弊させる。
本来の目的を見失わせ、周りの競争相手を打ち負かすことだけに集中してしまう。
独占を目指せ
ティールは「成功の秘訣はない」としながらも、スタートアップを成功に導くためのルールについて語っている。
- きみは自分の人生の起業家である
- 一つのことを、他の人を寄せつけないほどうまくやろう
- きみの人生と会社に、自分と結びつきのある人を的確に配置しよう。互いに補い合える相手と組もう
- 独占をめざそう。競争からはさっさと身を引き、他社との競合を避けよう
- フェイク起業家になるな
- ステータスや評判だけを基準にするな。ステータスに惑わされて下した決断は長続きせず、価値がない
- 競争は負け犬がするもの。まわりの人間を倒すことに夢中になってしまうと、もっと価値があるものを求める長期的な視野が失われてしまう
- 「トレンド」は過大評価されがちだ。最新ホットトレンドに飛びついてはならない
- 過去に執着するな。なぜ失敗したのかすばやく分析し、あとは前を見て、方向を修正していこう
- 成功に通じる秘密の道を探そう。その他大勢がすることを真似してはいけない
ティールはスタートアップを成功させるルールについて語っているが、個人の生き方にも応用できるように思う。
大勢が競い合っている場所は魅力的だ。そこで勝てばモテそうだし、名誉も手に入りそうに見える。
人から「羨ましい」とか「すごい」と言われたい欲求が僕たちを競争に駆り立てる。
「人は完全に摸倣(競争)から逃れることはできない。でも細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間を大きくリードできる」
とティールが語るように、競争から逃れることはできなくても、それを意識するだけでも他の人たちと差別化が可能だ。
たとえば3、4年前から「機械学習」が一気にブームになり始め、優秀な人たちがこぞって機械学習エンジニアを目指し始めた。
偏差値の高い大学の理系学部を優秀な成績で卒業し、就職後も努力を続けているような人たちと
「おれは機械学習で年収2000万を目指すんだ!」
と意気込んで争ったとしても、自分の活躍できる領域を見つけるのは難しいだろう。
「AI」みたいなホットトレンドに食いつき、過当競争の分野に突っ込んでも自分のバリューは出せない。
かといって「独占できる分野」はどうやって探すの?という話になるのだが、それについてはまた別の記事でも考えたい。
そしてこの記事を読んでくれた読者の方も一緒に考えてみてほしい。
「競争から身を引いて、自分だけの独占的なポジションをどうやって取ればいいか?」
競争しない、独占を目指す、という2つを意識するだけで、大げさに言えば人生のポジション取りが変わってくると思う。
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