2016年6月24日11時20分頃、世界的な報道機関であるBBCより、イギリスのEU離脱の見込みが高いと伝えられた。
と、同時に為替相場は大きく動き、米ドル/円相場は106円から一気に下落。
99.04円になるまで円は買われた。
2016年6月25日。
日経新聞2面の社説に以下のように書かれている。
濃く移民投票の結果は世界の金融市場を揺るがしている。
英国経済の先行きへの懸念から英ポンドは大きく値下がりした。一方で安全な通貨とみなされる円は買われ、一時は1ドル=99円台まで円高が進んだ。
日経平均株価は16年ぶりの下げ幅を記録した。
英国EU離脱が決まった6月24日。
日経平均株価は前日比1,286.33(-7.92%)の下落となり、下落幅はITバブル崩壊後の2000年4月17日(1426.04)以来、約16年2カ月ぶりの大きさとなった。
東証1部で値上がりしたのは6銘柄しかなく、株価が暴落した1987年10月20日の「ブラックマンデー」の7銘柄より少なかった。
このことから、ブレグジット(Brexit)は未曾有の金融危機の引き金となる可能性を秘めていると言われた。
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リーマン・ショックのときもそうでしたが、有事の際は円は買われる傾向にあります。
http://finance.matsui.co.jp/stockDetail.aspx?code=0551&type=1&chart=7
そのたびに、日経新聞やニュースでは
「安全資産として円が買われた」
と説明されるのですが、僕はいつも疑問に思っていました。
「安全って何よ?」
と。
何を持って安全とするのか?
一般的には変動率が小さいことをリスクが小さい(安全?)と言うかもしれないけれど、日本円の動きが他の通貨と比べて小さいとは言えないと思います。
仮に円の信用力を国の信用力としても、日本国の借金は1000兆円を超え、GDP比で232%となっています。
国内金融機関が国債の主な買い手となっているとはいえ、信用が高いとは思えません。
ちなみにS&Pの日本の格付けはA+で、他にもっと高い格付の国はたくさんあります。
lets-gold.net
「じゃあなんで円は買われるのや」という話になりますが、
モルガン・スタンレー証券の佐々木融さんの「弱い日本の強い円」という本を読んで、やっと少し理解できました。
佐々木さんは
「リスクオフの場面では、お金を持っている投資家や企業が多くいる国の通貨が買われる」
と言います。リスクオフというのは、リスクの少ない資産に資金が向かいやすい相場状況のことを言います。
今回のEU離脱のような場面が典型的なパターンです。
一般にマーケットにおいて、景気の大幅減速や政府債務の悪化、金融不安や金融危機などへの懸念が強まると、投資マインドは大きく冷え込み、投資家は積極的にリスクを求めにくくなり、より安全な対応として「リスクオフ」を行うようになります。
世界的に投資家がリスクを取りたくないときに、なぜ日本円が買われる(EU離脱のときのように円高になる)のかというと、
投資家が投資資金を手元に引き戻そうとするからです。
景気が悪くなり、株価が下落し、投資家や企業のリスク回避志向が強まると、お金を持っている投資家や企業が多くいる国に戻ってきます。
つまり、米ドルと円がともに買われるので、円高になるわけです。
米ドルも他の通貨に比べて高くなりやすいのです。
「円高」というのは、米ドル/円だけを指して言うわけではありません。
為替は米ドル/円の交換レートだけを指すわけではなく、ユーロ、ポンド、カナダドルなど、色んな通貨があることを忘れてはいけません。
そして、リスクオフの場面では、色んな通貨に対して、円やドルは相対的に高くなりやすいということです。
逆に、世界の投資家がリスクを取って対外投資を活発にするような状況では、米ドルや円が売られます。
投資家は円を売って、海外の通貨を買って(円と海外の通貨を交換する)、その国に投資するからです。
最近(2016年7月15日)がまさにそんな状況ですね。
投資家のリスク回避志向が弱まった時、円も安くなりました。
でも、ここまで見ると、
「いやいや、米ドルに対して円、やたらと強くなっとるやん」
と思うかもしれません。
米国も日本と同じく「お金を持っている国」なのに、なぜ円は大きく動くのでしょうか?
なぜ米ドルに対して円は高くなったのでしょうか?
佐々木融さんは日本円が動きやすいのは4つの理由がある、と述べています。
1.日本は短期、長期ともに金利が主要国の中で最も低水準であること
2.金融資本市場が非常に大きく、国内の投資家・事業法人も資金を豊富に持っていること
リスクを積極的に取るときには、国内投資家や事業法人が保有する豊富な資産が海外投資に向けられる(そのとき、円は売られる)のに加えて、
日本以外の投資家や企業も調達コストが安い円を借りてリターンの高そうな国に投資を行います。
たとえば、金利が低い円を借りて、(円を売って)オーストラリアドルなどを買い、その金でオーストラリアの企業に投資する、というようなことです。
逆に、世界的に景気が下向きで、投資家も企業もリスクから逃げようとするときには、投資資金を引き上げて円を買い戻す流れが発生するため、円が最も強くなるというのです。
そして3つめの理由は、日本が世界第二位の経常黒字国であるということです。
経常黒字というのは、輸入より輸出が多く、支払いより受け取りの額が大きいということです。
2015年通年の経常収支は16兆6413億円の黒字でした。
www.nikkei.com
日本の車をアメリカで売った場合、そのお金はドルで入ってきます。
日本の企業は「日本の会社」であるため、ドルを売って円に買えなければいけません。
恒常的に経常黒字であるということは、常に円を買う方向に圧力がかかるということです。
これが、円高をより進めます。
円が極端に動きやすい4つめの理由は、日本が世界最大の純債権国であるということです。
純債権国ということは、海外にたくさんお金を貸しているということです。
日本の対外純資産は251兆円で、そのうち民間が保有する対外純資産は205兆円となっています。
これはどういうことかというと、海外の人にお金を返してもらう権利がたくさんあるということなのですが、同時に為替リスクを抱えているということです。
で、たとえば株が一気に安くなったりして、損失を負った投資家はとうするかというと、これ以上損しないようにリスク回避的になります。
株で負けてると、これ以上損したくないと思いますよね。
それと同じです。
で、損失を小さくするために、為替のリスクをヘッジしたくなります。
「リスクをヘッジする」というのは、リスクを回避するということです。
「為替リスクをヘッジする」とは、為替の変動リスクを回避すること。
為替リスクをヘッジするには、「先物」という「一定期間先の取引を約束する」取引を行います。
アメリカに100ドルお金を貸していて、1年後に100ドル返ってくるとします(ここでは金利は考えません)
そのとき、一年後の為替が円高になってたら損してしまうので、今の時点で「1年後に1ドル100円で円を買う」という約束をすることを先物取引といいます。
このように先物でヘッジしておくことで、円建ての評価額を確定してしまうことで、為替変動のリスクはなくなります。
以上の理由から、円は買われやすく、かつ極端に動きやすい(円高に動きやすい)ということがわかります。
安全資産だから買われているわけではないのです。
このことについて、佐々木融さんの本を引用します。
「円は消去法的に買われるわけではない」という見出しが、「安全通貨だからとりあえず円を買った」という日経新聞の説明と対照的だと思いました。
「円は消去法的に買われるわけではない」
米国金融危機や欧州の財政問題悪化等を受けて、投資家のリスク許容度が著しく低下し、円高となった時、
「米国や欧州を嫌った投資家が、消去法的に円を買っている」
などとまことしかやに語られることがあるが、
顧客の資産を預かる投資家が、どこにも投資する先がないといって消去法的に投資先を探すなどという行動を取るはずがない。
リスク許容度が低下した時に円が買われるのは、円を資本調達通貨として高金利通貨やエマージング市場に投資を行っていた投資家や企業が、リスクを避けるために海外投資を手仕舞い、円を買い戻しているからである。
「弱い日本の強い円」 p.49より
今まで為替の説明を見てモヤモヤしたのが、すっきりした気分になりました。
最後に。
今回の記事は短期的な動きに焦点を当てていますが、為替は長期的には「購買力平価」が成り立つと言われています。
「インフレ率の低い通貨は上昇する」というやつです。
金利平価説というのもあって、これは「金利が低い国の通貨は上昇する」というものです。
そして、物価も考慮した実質実効レートを見ると、2016年の1ドル100円は1980年とほぼ同水準で、たいした円高でもない、という話もありますが、長くなってしまったので、この辺の理論についてはまた別の機会に記事にしたいと思います。
- 作者: 佐々木融
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