NEC会長の遠藤信博さんが2019年2月4日の日経新聞夕刊に「ICTを生かすには」というテーマで記事を寄稿していた。
遠藤信博さんは98,726人の従業員が勤める巨大IT企業、NECの頂点に立つ男である。
日本が誇るITの巨人の頂点に立つ男の頭脳はあまりにも鋭く明晰で、それゆえに理解が難しい部分もあった。
何度か読んで意味を解釈してみたので、ブログとしてまとめたい。
ICT(情報通信技術)の基本資源は、コンピュータ、ネットワーク、そしてソフトウェアだが、私は、これらが創り上げる重要な機能をリアルタイム性、ダイナミック性、リモート性と考えている。
リアルタイム性の進化がビッグデータ、AIを現実化した。これは、有限な人生に対して時間の制限を緩和する。
ダイナミック性は、集めたデータをダイナミックにサービス価値に変化させることを意味する。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38877560T11C18A2MM0000/
「リアルタイム性の進化がビッグデータ、AIを現実化した」
と書かれているが、「リアルタイム性」とは何だろうか?
たとえばツイッターでは、誰かが投稿した内容は即座にツイッター社のデータベースに保存され、その内容は他の人のタイムラインにほぼリアルタイムで表示される。
また、近年の証券取引の多くはアルゴリズムによるトレードだと言われているが、それらも大容量のデータを高速に通信できるようになったおかげで実現できたものである。
昔の人が集まって株取引していた時代に比べ、「リアルタイム性は進化した」といえるだろう。
「ストレージ」と呼ばれる情報の保存装置の価格が下がり、安価に大量のデータを保存できるようになった。
人々の行動や検索履歴、投稿されたデータはプラットフォームを持つ企業のストレージに保存され、そのデータを分析することでユーザーの嗜好を読み取り、最適な広告が表示させられるようになった。
遠藤会長のいう「リアルタイム性の進化によってAIが現実化した」とは大容量のデータがリアルタイムに飛び交い、企業のデータベースに保存され、解析される状況を指しているのだろう、と想像している。
会長の「有限な人生に対して時間の制限を緩和する」という表現もまた難しい。
昔の人は想いを伝えるために手紙を書き、その手紙を届けるまでに数日を要した。
今ではLINEで「愛してる」と送れば即座に想いは届く。
「時間の制限が緩和されたかどうか」は判断が難しいが、情報を伝達する速度がインターネットによって大きく向上したのは間違いない。
日経新聞の記事を続ける。
リモート性は、人の場所の制約を解き、限定されていた価値の受容を他の場所にも容易に広げ、人間社会に公平性を与えることができる。
最近は働き方改革の影響か、リモートワークを推進する企業が増えている。
株式会社ソニックガーデンが物理オフィスがない完全リモートワークを実現して話題になったのは記憶に新しい。
現代のテクノロジーは場所の制約から人間を解放し、好きな場所から会社の資源にアクセスできるようになった。
が、おそらく遠藤会長が言いたいのはこういうことではなく、Youtubeで大学の授業を無料で視聴できたり、日本にいながら海外に向けたアプリケーションを開発できたり、そういう国境を超えた価値の交換が可能になったことを指しているのだろうと思う。
このリアルタイム、ダイナミック、リモートを使い切ることで、人間社会に安心、安全、効率、公平などの領域で価値を創造できる。
AI活用はその延長上にある。
情報社会と呼ばれる世界では、価値ある情報をやり取りして、価値を作り上げて来たが、AIでは、その情報を構成する多種、大量の良質なデータ間の関連性を見いだすことで、「最適化」という解をサービスとして提供することができる。
この記述も難しかった。
おそらくインターネットを通じて集めた大量のデータを使いやすい形に整形し、そのデータを機械学習させて、データを分類させたり将来予測に使ったりすることを指しているのだろうと推察する。
もしかしたら、
「『最適化』という解をサービスとして提供する」
とあるので、データ分析を生業とするコンサルタント的な仕事が生まれたことをイメージしているのかもしれない。
これは特に全体最適で大きな価値を生む。
日本のトラックの平均積載率は40%だが、全てのデータが共有されると大きな改善が期待できる。病院単体へのAI適用で、“病院の最適化”はできるが、さらに病院間で手を結び、大量のデータを共有すれば、“医療の最適化”という次元の高い最適化ができる。
全体最適を適用する範囲は、人間社会の意志で決まる。
高い次元での最適解ほど、地球と人間社会のあるべき姿を熟慮することと、実現しようとする強い意志が必要だ。
それは我々に託されている。
最後は非常に大きな話で締めくくられている。
「病院単体へのAI適用」とは具体的には何だろう?
今をときめくユニコーン「Preferred Networks社」が国立がん研究センターと共同で「人工知能(AI)を活用した統合的がん医療システム開発プロジェクト」を開始した。
国立がん研究センターに蓄積されている膨大な臨床データや文献情報をAI技術を利用して解析し、日本人のがん患者個々人に最適化された医療を提供することを目指しているという。
このような事例を個々の病院に留めておくのではなく、病院間で連帯してやっていこうという話なのではないか、と思う。
遠藤信博会長の「ICTを生かすには」は一読してすぐに理解するのは難しかったが、じっくりと読み込み、具体的な事例を想像することによって、少しは彼の頭の中が理解できたように思う。
そしておそらく、他の人が読めばまた別の解釈ができる類の文章でもあるはずだ。
村上春樹の小説を読んだ人が思い思いにその意味を解釈するように、遠藤会長の名文は読み手によって解釈の形を変える。
本職のAIエンジニアの方が読めば、もっと具体的な事例を思い浮かべながら、遠藤会長の言葉の意味を深く理解できるに違いない。
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