俺の遺言を聴いてほしい

これは俺の遺言だ。

「彼氏の部屋の本棚に『ぼくは愛を証明しようと思う』っていう本が置いてあったの」

「恋愛工学って知ってる?」

大学の友人である真由美は唐突に聞いてきた。
その日は久しぶりに集まった大学の同期メンバー3人で飲んでいたのだ。

「れ、恋愛工学?」

動揺を隠しながら尋ねる。
一気に酔いが冷めた気がした。

「恋愛工学って・・・なんだそれは?」

白々しく尋ねる。
何も知らない風を装った。


「彼氏の部屋の本棚に『ぼくは愛を証明しようと思う』って本があったの」


「あ、俺知ってる!」

財閥系商社に務める吉田が言った。

カズサワって人が書いた本だろう?」

「カズサワ?」

「ファンドマネージャーかなんかをやってる怪しい奴で、うちの会社にも読んでる奴いたわ」

吉田は焼き鳥を頬張りながら話す。

(・・・カズサワ?)

「その、恋愛工学っていうのは何なん?恋愛がなんか工学すんの?」

動揺に気付かれてはならない。
まるで何も知らないかのように振る舞った。
リアルの友達にこんなブログを書いていることは、絶対に知られてはならない。
僕は恋愛工学とは無関係だ。


「あれ?絶対ヒデヨシ君好きだと思ったんだけど!知らないの?」

「知らん。どんな話?」

「なんか、非モテの男が、中島さんっていう凄い師匠に恋愛工学を教えてもらって、モテまくるようになる話」

(中島さん・・・永沢さんだろ・・・)

「非モテが中島に恋愛指導してもらうのか」

「そう、300barとか行ってナンパしまくるの。ヒデヨシ君、行ったことあるでしょ?」

「いや、俺はそういうところに行ったことはない

白々しく嘘をつく。

日常生活でチャラい男アピールをするのは大学2年生までで終わりだ。
社会人になってからも、リアルでチャラいアピールをする人もいるが、そういう人はたいてい社会人デビューだ。

多くの人が、鬱屈した非モテ生活を脱出し、モテ始めると、他の人にモテ話をしたくなるものなのだ。

大学生の経験人数自慢は風物詩のようなものかもしれないが、早熟なヤリ○ンは大学3年あたりから、レイチェル・カーソンさながらに沈黙の春を貫くようになる。

人に「ヤった話」なんてしても、いいことが一つもないと悟ってしまうからだ。
数々の失敗や反省から、リアルではあくまで謙虚に、誠実な男のように振る舞うべきだと僕は思う。


「で、中島さんは凄腕のナンパ師なのか?」

「ナンパの神みたいな人。出会って5秒くらいで女の人とキスするの」

「金でも渡してるんじゃないのか?」

「なんか『ルーティーン』っていう女を落とす必殺技みたいのを駆使して口説くっていう」

「なんだその『ルーティーン』っていうのは」

asapenさんのブログを思い出しながら、話を聞く。

ナンパのルーティーンといえば、asapenさんだ。日本で最も有名なナンパ師。
彼は今どうしているだろう。どんな景色を見ているだろう。


吉田がニヤニヤとしている。

「彼氏の部屋のモテ本を全部読んだの?」

笑いながら吉田が聞く。
いつも下ネタばかりの男だが、その屈託ない笑顔は周りの人を惹きつけてやまない。


元々イケメンで、3ヶ国語をそつなく話し、20代で年収が1000万を超えた吉田は、25歳のときに綺麗な奥さんと結婚した。


世の中の真っ当なイケメンのほとんどは、大学から付き合っている子や会社の同期、社会人になりたての頃に付き合った子と、20代のうちに結婚する。

そのため、世の中に残っている30代は、生理的に受け入れられない非モテか、しょうもないチャラ男である場合がほとんどだ。

アラサーになって頑張って婚活を始める女性が手遅れになりがちなのは、同年代にまともな男が残っていないからである。

悲しいことに、まともな男のほとんどは、自分よりだいぶ年上のおばさんを好まない。
需要と供給の不一致が発生するのだ。

そして、アラサー女を受け入れることができる30代中盤のイケメン独身男は、ほとんどがヤリ○ンなのである。

イケメンで金持ちと結婚したい女子は、20代前半のうちから戦略的に動かなければならない。
入社したばかりで金も自信もない若い男の将来性を見込んで青田買いするのが、最強の婚活戦略なのだ。


「普通に面白くて全部読んじゃった」

真由美が笑う。

「その彼氏、ヤバイんじゃないの?モテ本研究してるんでしょ?」

吉田がニヤニヤしながら尋ねる。
いやらしい笑みも吉田なら爽やかだ。

「いや、大丈夫!ヒデヨシ君と違うから」

「なんで俺だよ!」

真由美は躊躇することなく、自分の彼氏はヒデヨシとは違うと断言した。

「色んな女の子とエッチしたいって思う男の人はたくさんいると思うけど、彼氏は理性があるから大丈夫。そんな勇気がないってのもあるけど。ヒデヨシ君は昔から浮気ばっかりじゃん」

「バカヤロ!俺は仙人のように生きてるよ。ここ二ヶ月、女に関わってすらいない」

「よく言うよ!散々XXのこと〜」

昔話に花が咲く。
過去の若気の至りは将来の酒の肴だ。


「いつまでも結婚しないの、ヒデヨシ君だけだね」

「余計なお世話だ馬鹿野郎。恋愛工学彼氏と付き合ってる自分の心配しとけ」

「大丈夫だから」

真由美は笑う。僕も吉田も笑っていた。
利害なく笑い合える友達は、人生の宝だと思う。

真由美は綺麗な女だが、ダメンズウォーカーとして有名だった。

今回も恋愛工学者と付き合うとは。
ダメンズウォーカーは死ぬまでダメだな、とちょっと心配になったが、ネタ的に非常に面白いと思い、特に何も言わなかった。


今度会うときは「東京タラレバ娘」でも渡してやろうと画策していた。
お前も俺と同じ独身だ、と。

終電まで飲んで、解散。
吉田は家族のもとに帰り、真由美は同棲している彼氏のマンションに帰っていった。



そして、飲み会の3ヶ月後。


真由美から久しぶりにLINEが届いた。



「彼氏と婚約しました☆

やっぱり大丈夫だったよ。ヒデヨシ君と違って」


やれやれ、と溜息をついて、祝福の返事を書く。


「おめでと。恋愛工学、悪くないじゃんか」

と書いた後、数秒迷い、恋愛工学のくだりを消した。



「おめでとう。よかったね。お幸せにな!」



ムーンのスタンプとともに、LINEを送る。

幸せそうな雰囲気が文面から伝わってきた。
独身仲間がまた一人減ったのか、と少し複雑な気持ちになる。



ふとツイッターを開くと、今日も恋愛工学の争いが起きていた。

僕はスマートフォンの電源を切って、ベッドに放り投げた。


ぼくは愛を証明しようと思う。

ぼくは愛を証明しようと思う。