ここ最近、毎週のジャンプを読むたびに泣いてしまう漫画がある。
『アクタージュ』
である。
2018年1月。
週刊少年ジャンプ8号から連載された『アクタージュ』はジャンプ漫画にしては珍しく、女優を目指す女子高生が主人公となっている。
主人公の名前は夜凪景。
幼い頃に父に捨てられ、母を亡くした。
残された弟と妹と共に貧乏生活を余儀なくされ、アルバイトで生活費を稼ぎながら過ごした。
孤独な生活の中、家に残されたDVDを見て、テレビ画面の向こうで役者が演じる「感情」をトレースし続けた。
画面の向こうで役者が演じる感情から自分の過去の記憶を取り出し、掘り起こしてきた。
父に捨てられたときの惨めさを
初めて妹を抱いたときの幸せな感情を
母と顔を見合わせ思わず笑ったときの感情を
「思い出すだけで誰にだってなれる」
孤独な生活の中で夜凪が身に付けた特殊能力である。
夜凪のように、ある役割を演じるために「その感情と呼応する自らの過去」を追体験する演技法を「メソッド演技法」と呼ぶ。
夜凪景はメソッド演技法の天才であった。
孤独な毎日の中でその手法を無意識のうちに身に付けていた。
その完成度はオーディションの他の参加者が役者の夢を諦めるほどのものであった。
この恐るべき才能を見て、「大きすぎる才能はいずれ身を滅ぼす」と危険視したのが、芸能会社の社長である星アリサである。
オーディションに応募してきた夜凪を落とそうとする星アリサは、元々予定していた審査のテーマを変更し、「野犬に襲われているシーン」を演じさせようとする。
夜凪が体験したことのない場面を演じさせることで、メソッド演技を封じようとしたのだ。
そこで一緒に審査していた映画監督、黒岩がヒントを出す。
「お前達は深い森へ迷い込んだ。
野犬に出逢うとは運が悪かったな。
鋭く尖った瞳、牙、爪
すべてがお前達に向けられている
ああ⋯あと
そいつ腹空かせてるぞ」
そのストーリーをヒントに、夜凪は野犬の姿をイメージする。
その夜凪の演技は
「ナメていた⋯一体どんな半生を送れば⋯
想像の産物をここまで⋯」
とかつての国民的女優である星アリサを絶句させた。
夜凪は紛れもなく天才であった。
ただ野犬に怯える少女を演じるだけでなく、野犬から家族を守っている映像を観客に見せてしまったのだ。
映画監督の黒岩墨字はどうしても撮りたい映画があり、ずっと夜凪のような役者を探していた。
オーディションをきっかけに二人はコンビを組み、まだ荒削りな夜凪の天賦の才能を開花させるため、黒岩は様々な舞台に夜凪を出演させていく。
周りを巻き込みながら、“演技の極み”に向かっていく夜凪の成長が毎週楽しみな漫画である。
さて、『アクタージュ』の魅力はどこにあるか?
なぜ面白いのか?
僕は『アクタージュ』の面白さは、天賦の才を持つ人間の、その才能の魅せ方にあると思う。
夜凪景の天才性の演出が巧みなのである。
みんな大好きハンターハンターを思い出してほしい。
僕がハンターハンターで濡れたシーンではいつも、ゴンの天才が輝いている。
「怪物⋯!!!」
「ジン⋯ 喜べ
こいつは間違いなく
お前の息子だ」
ゴンの天才性がいかんなく表現されている。
その天才性はすぐに発揮されるわけではない。
困難にぶつかり、打開するために悩み、あがき、苦しんだ末に何かを見つけ、覚醒するのだ。
有名なのはゴンさんの覚醒シーンだろう。
「もうこれで 終わってもいい
だから
ありったけを」
ハンターハンターの例が多くなってしまったが、夜凪の覚醒シーンもゴンさんに通じるものがある。
ハンターハンターを読んでゾクゾクッと震えた人は、『アクタージュ』でも同じように心が震えるに違いない。
僕は天賦の才能を持つ主人公がクライマックスで覚醒し、潜在能力をいかんなく発揮するシーンが大好きである。
孫悟空が超サイヤ人になり、浦飯幽助が戸愚呂をボコボコにして、桜木花道がリバウンドを取りまくった1990年代からずっと、僕たちは主人公の覚醒に胸を熱くしてきたのだ。
『アクタージュ』は「女優」という珍しいテーマを描いているが、本質的な面白さは歴代の名作と変わらない。
主人公の成長と覚醒が、周囲の人間を驚かせる。
そんな主人公に感情移入してしまい、引き寄せられ、漫画の世界に入り込むことができるのだ。
また、良いハンターは動物に好かれちまうように、良い漫画の主人公は周りのキャラクターを変えていく。
『アクタージュ』の夜凪景はその圧倒的な個性と才能で、周りの人間をどんどん動かしていく。
夜凪に影響を受けて周囲のキャラが変化していくのも面白い。
負けられないライバルもいる。
魅力溢れる師匠もいる。
台詞の言葉の使い方が巧みで、毎回必ず「泣けるポイント」がある。
最近は画力も目に見えて上がってきており、キャラの微妙な心境の変化が見事に伝わってくる。
コマの魅せ方も素晴らしく、作品の深みがどんどんと増してきているのがわかる。
2017年に連載が開始された『ドクターストーン』に続き、ヒットを予感させる作品である。
余談だが、僕は『アクタージュ』がきっかけで役者の世界に興味を持ち、実際に舞台も見に行ってみた。
初めての舞台はエキサイティングで、本当に面白かった。
新しい世界の興味を開いてくれたこの作品に感謝したい。
- 作者:宇佐崎 しろ
- 発売日: 2018/05/02
- メディア: コミック
泣ける漫画が読みたい方は『鬼滅の刃』もぜひチェックしてみてほしい。