前回の記事では宇佐美典也さんの『逃げられない世代』を読んで、
今の20代〜30代は「年金をもらって悠々自適の引退生活」を楽しむような人生設計は現実的ではなく、
65歳を過ぎた後はある程度の「自活期間」を見込んでおかなければならない、という話をしました。
「自活期間」というのは、組織に頼ることなく、自分のスキルや人脈を活かして収入を得る期間のことです。
宇佐美典也さんの『逃げられない世代』は、20代〜30代の人がこれからの人生を考える上で一度は読んでおきたい本
現時点では私たちは平均して87〜90歳程度まで生きると予想されていますが、医療は進歩はめざましく、「人生100年時代」とも言われる今、私たちが取るべき人生戦略はどのようなものでしょうか。
宇佐美典也さんの本では現状の分析と将来予測までは極めて精緻に描かれていたのですが、個人の人生戦略の部分については明確な指針を示せていなかったように感じています。
そこで、今日の記事では橘玲先生の『幸福の資本論』から人生100年時代の生存戦略の話を紹介したいと思います。
幸福には条件がある
橘玲先生は、幸福には3つの条件があるとしています。
- 自由
- 自己実現
- 共同体=絆
です。
それぞれの幸福は、以下の3つのインフラに対応しています。
- 自由→金融資産
- 自己実現→人的資本
- 絆→社会資本
金融資本を金融市場に投資してお金という富を獲得し、
人的資本を労働市場に投資することで給与や報酬、自己実現という富を得て、
社会資本という周りの人達との関係から、愛情や友情といった富を得る、ということです。
橘玲先生は老後とは、「人的資本を全て失った状態」のことだと定義しています。
私たちがお金を手に入れる方法は原理的には2つしかありません。
人的資本を労働市場に投入すること、すなわち働いてお金を稼ぐことと、
金融資本を金融市場に投資すること、すなわち資産運用です。
定年退職した段階で人的資本がゼロになり、退職金を運用しながら老後を生きていくのがこれまでの人生モデルでしたが、これからの問題は「老後が長すぎる」ということです。
寿命が尽きる前に金融資本が付きてしまうのです。
そんな老後の経済的な不安を解消するもっとも簡単な方法は「老後を短くすること」で、そのためには60歳以降もそれまでの人生で培った知識や技能を元に働き続けなければいけません。
つまり、人生100年時代の人生戦略は、いかに老後を短くし、人的資本を長く維持できるかにかかっています。
橘玲先生は100年生きる人生を前提に、
「人生100年時代を生き延びるためには、『好きを仕事にする』しかない」
と述べています。
日本式サラリーマンの問題点
欧米の会社の人事システムが「ジョブ型」であるのに対し、日本の会社は「メンバーシップ型」だと言われています。
ジョブ型というのは、「職務(ジョブ)」を基準に仕事が成り立っている組織で、仕事に必要な能力や資格が厳密に決まっています。
欧米では業務に必要とされる知識や技能が明確に決まっていて、人事部は経営者が決定したビジネス戦略にのっとってジョブを補充し、不要なジョブを削減します。
職務が明確に定められているため、職務間の異動は原則としてありません。
一方で、日本のメンバーシップ型は、その名の通り「メンバー」を元に仕事が成立する会員制組織です。
正社員を正会員とし、非正規社員を非会員として、正社員にはあらゆるジョブに対応できる能力が求められます。
いわゆる「ゼネラリスト」というやつです。
しかし、このようなスキルはたまたま入社した特定の会社に特化しているので汎用性がありません。
終身雇用と年功序列を前提に、特定の会社に依存したスキルしか身に付かないため、能力を他社の仕事に転用することができず、結果として「転職できない人材」になってしまうのです。
日本企業の新入社員はメンバーシップ型の組織の中で、それぞれの会社に最適化されたゼネラリスト(汎用的社員)になることを要請されます。
こうした仕事環境からは「プロフェッショナル」が生まれてこないのは必然です。
専門性が身に付かないまま35歳を過ぎると人生の選択肢が急激に狭まってしまいます。
結果、会社にぶら下がるしかない(特定の会社内でしか通用しない)汎用社員が出来上がってしまうのです。
ライバルと差をつけるのは個人練習
アメリカの心理学者アンダース・エリクソンはバイオリン専攻の学生を対象に「練習に費やした時間」と「技能のレベル」の違いを研究しました。
結果、世界的なソリストとしてのキャリアを歩む可能性のある学生とそうでない学生の間には明確な違いがあることがわかりました。
世界的なソリストの素養がある学生は、個人練習に費やしてきた時間が圧倒的に多かったのです。
グループ学習や学校の課題にかける時間はそれほど差はなかったものの、とにかく個人練習に懸ける情熱に大きな差がありました。
このことから「能力が高い人間は個人学習を好む」ことがわかります。
そして、その高い能力を獲得することができたのは、好きだからです。
たった一人で毎日3時間も4時間もバイオリンを弾けるのは好きだからで、人は得意なことを好きになるのです。
人は「好きなことしか熱中できない」ようにできています。
石の上にも三年も座っていられるのは好きだからで、好きじゃないのに何年もの修行に耐えることはできません。
得意なことを好きになり、好きだから情熱を持って個人学習を続けることができ、個人練習を続けられるから一流になれるのです。
では、上記の実験を踏まえた上で、スペシャリストになるにはどうしたらいいか?
橘玲先生は明確な指針を示しています。
好きなことに、人的資本のすべてを投入する。
私たちは「得意なことが楽しい」とプログラミングされており、好きなことじゃないと情熱を持ってエネルギーを投入することはできません。
私たちが自分にあったプロフェッションを獲得する戦略はたった一つしかありません。
それは仕事のなかで自分の好きなことを見つけ、そこにすべての時間とエネルギーを投入することです。
自分の好きなことを実現できるニッチを見つけ、マネタイズすることこそが、知識社会を生き抜く上での基本戦略となるのです。
基本戦略と現実問題
橘玲先生は「プロフェッショナルが組織に対して優位性を持つのは知識社会の必然」として、知識社会での基本戦略を以下のように定義しています。
- 好きなことに人的資本のすべてを投入する
- 好きなことをマネタイズ(ビジネス化)できるニッチを見つける
- 官僚化した組織との取引から収益を獲得する
その上で、35歳までにやらなければいけないのは、試行錯誤によって自分のプロフェッション(好きなこと)を実現できるニッチを見つけることだとしています。
上記の戦略のものすごく身近な好例は、Voicyで大活躍中のサウザーさんではないでしょうか。
オーディオブックを愛し続けてきたサウザーさんにしか作れない「白熱教室」という音声コンテンツを誰も真似できないクオリティで作成し、ニッチな市場を独占しています。
Voicyとの相乗効果もあり、おそらく今後も「白熱教室」という市場を独占し続けていくものと思われます。
さて、橘玲先生は「好きなことに人的資本の全てを投入せよ」と主張しておられました。
しかし現実問題として、「何が好きなのかわからない」「明日の生活に困るわけにはいかない」という人もけっこういると思います。
僕もそうです。
そういう人たちは転職しながら「得意なこと」を探す手もありますが、まずはプライベートの時間を全部投入して「自分だけのニッチ」を探す旅を続けるのがいいのではないかと思います。
転職はそれほど頻繁に試行錯誤はできませんが、個人プロジェクトはいくらでも試行錯誤できますし、失敗しても本業があれば飢えることはありません。
人生のどこか(おそらく30代前半)で「好きなことにパラメータを全振りする」タイミングが来るとは思いますが、それまでに個人であれこれと試行錯誤するのが凡人の現実的な戦略なように思います。
冒頭で書いたように、「生涯現役」ということは、20歳から80歳まで60年間も働くことになります。
嫌いなことを60年間もやり続けられる人はいません。
仮に嫌いなことを心を完全に無にして60年間やり続けられたとしても、「他人より秀でた専門性」を獲得できる確率は低いでしょう。
橘玲先生は以下のように述べています。
人生100年時代の人生戦略は、いかに人的資本を長く維持するかにかかっています。
そのためには「好きなことを仕事にする」のが唯一の選択肢です。
私たちは「好きを仕事にする」以外に生き延びることのできない残酷な世界に投げ込まれてしまったのです。
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